ES-18

《化身》オルガンのための音詩
Keshin(Reincarnations) Tone Poem for Organ

  • 【演奏時間】15分 【委嘱】西南学院大学【作曲】2011.9【初演】2012.1, 西南学院大学チャペル, 西南学院オルガンコンサート, 安積道也
  • 【概要】インドヒンドゥの神ヴィシュヌの化身に着想を得て,ある限定された音楽素材がオルガンの多彩な音色を利用して様々に変容する.変容の様子が音楽内容となる.

作品タイトルの「化身」は「ヴィシュヌの化身」のことである。ヴィシュヌはヒンドゥー教の神である。もともとは太陽を神格化した太陽神であったが,時代とともにその位置づけが変化し,ついには世界や宇宙の維持を司る最高神の地位に至ったとされている。ヴィシュヌは温厚で慈悲深い性格で,さまざまな姿に化身して世界を救う寛容な神と言われている。近年,私の作曲のモチーフになっている「ラーマヤナ」の主人公ラーマはヴィシュヌの化身のひとつである。

ヴィシュヌは,ラーマを含めて10の姿に化身して地上に現れる。これは,偉大な仕事をした人物を「ヴィシュヌの生まれ変わり」として信仰に取り込むための手段であったと考えられる。なお,近年よく耳にする「アバター」とは元来ヴィシュヌの化身の意味する言葉である。

ヴィシュヌの10の化身は以下の通りである。

  • マツヤ(Matsya),魚:大洪水の時に賢者マヌの前に現われ7日後の大洪水を預言し,船にあらゆる種子と7人の聖者を乗せるよう言った。
  • クールマ(Kurma),亀:神々が不死の霊水アムリタを海から取り出そうとした時,亀の姿になって現われて作業を助けた。
  • ヴァラーハ(Varaha),猪:大地が水の底に沈められようとしたときに,猪の姿で現われ大地をその牙で支えた。
  • ナラシンハ(Narasimha),ライオン男:半人半獅子の姿で悪魔ヒラニヤカシプを退治した。
  • ヴァーマナ(Vamana),矮人:悪神バリによって世界が支配されたときに現われ,バリと3歩歩いた広さの土地を譲り受ける約束をした後,巨大化し,世界を2歩で歩き3歩目でバリを踏みつけた。
  • パラシュラーマ(Parashurama),斧を持つラーマ:クシャトリア族が世界を支配した時,神々,ブラフマン,人を救った。
  • ラーマ(Rama) (意味は「心地よい」):叙事詩『ラーマーヤナ』の英雄。魔王ラーヴァナから人類を救った。
  • クリシュナ(Krishna) (意味は「闇」または「黒」)叙事詩『マハーバーラタ』の英雄。特にその挿話『バガヴァッド・ギーター』で活躍。
  • ゴータマ・ブッダ(仏陀/釈尊)偉大なるヴェーダ聖典をアスラから遠ざける為に,敢えて偽の宗教である仏教を広めた。
  • カルキ(Kalki) (”時間”),救世主カリ・ユガ(世界が崩れ行く時代)の最後,世界の秩序が完全に失われた時代に現れて悪から世界を救い,新しい時代(ユガ)を始めるという。

曲は10の部分から成る。ヴィシュヌの10の化身を表現しようとしたのである。ただし,一部の化身以外,私にはなじみがあるとは言えず,結局イメージをうまくとらえることが出来なかった。最終的には音楽的に性格の異なる10の部分から成る絶対音楽として構想した。そして,ヴィシュヌの10の化身ということで,音楽的には10の変容という形式を採用したのである。変容とは主題のない自由な形式の変奏曲というような意味である。主題の代わりに基礎動機があり,それが変容されて曲の中に何度も出現する。基礎動機としては以下の3つがある。

基礎動機aは曲の冒頭に現れるc-des-f-as-hの音列(譜例1)である。短2度,長3度,短3度,増2度音程で上行する。

  (譜例1)

そのうち最初のc-desの短2度上行は基礎部分動機αである。これは反転形の短2度下行の形態(基礎部分動機α’)で用いられることも多い。

基礎動機bは第2部Allegro decisoの冒頭に現れるc-es-g-fis(譜例2)である。

 (譜例2)

短調の主和音の分散和音の次にドッペルドミナントの第3音を繋いだ形である。

基礎動機cは同音反復リズムである。その初出は第2部の25小節目以降(譜例3)。

(譜例3)

第1部Lento religiosoでは基礎動機aが冒頭で刻印される。その後,基礎部分動機αとα’によって曲が紡がれていく。

第2部Allegro decisoでは基礎動機bがその開始部(17小節)で刻印される。そして基礎動機cにあたる同音反復リズムが25-31小節,41-47小節,57-58小節と3回現れる。

第3部Moderato con sentimentoでは基礎動機cを背景にして,基礎部分動機αとα’の組み合わせによる主題が現れる。(譜例4)

(譜例4)

第4部Mestoではその開始部(105小節)で左手声部に基礎部分動機αが強調される。

第5部Allegro con foucoの主要楽想は基礎部分動機αとα’から構成されている。(譜例5)

(譜例5)

第6部Adagietto con melancoliaは右手による旋律線のいたるところに基礎部分動機αとα’が見え隠れする。また,左手とペダルによる和音連結が音楽的特徴として第1部と共通しており,第1部の変容とみなすことも出来る。

第7部Allegro ma seriosoでは基礎動機cにあたる同音反復リズムが主要楽想であり,音楽的特徴は第3部の変容とみなすことが出来る。

第8部Andante capricciosoの主要旋律は明らかに基礎動機bに基づく。Allegro vicendevoleは同音反復リズム基礎動機cのかなり誇張された変容である。

第9部Allegro agitatoの主要旋律は基礎動機aに基づく。

第10部Adagio lamentabileは明らかに第3部の変容である。当然,基礎動機cと基礎部分動機α,α’とが組み合わされている。そして最後のAdagio e maestosoで基礎動機aが,東日本大震災犠牲者への追悼と復興への祈りを込めて,つまりヴィシュヌの化身の再来を願って,大音量で響き渡る。