本稿は作曲家中瀬古和(1908-1973)の1960年代以降作曲の器楽作品の解説である。(学術的なものではなく、「名曲解説全集」的な内容を意図している。)

対象作品は以下の3作品である。
・弦楽四重奏曲第2番( 1959~1962 )
・弦楽六重奏曲(1966)
・ヴァイオリン独奏のためのムーヴメンツ(1971)

いずれも中瀬古の2回目のアメリカ留学(1954〜56)帰国後の作品である。帰国後には約20曲が作曲されているが、器楽作品は上記3曲である。これらはいずれも楽譜が保存され、私は録音を含めそれらを演奏を聴いており、分析するに不自由はない。

キリスト者中瀬古和の作品の大部分をなす合唱・声楽作品の分析に関しては聖書の理解が必要とされる。キリスト者でない私にとっては今後の課題としたい。

弦楽四重奏曲第2番

作曲:1959-1961年
初演:1962年10月/相愛女子学園講堂/アートボーン弦楽四重奏団
再演:2019年3月3日/同志社栄光館/中瀬古和生誕110年記念コンサート/Vl:中前晴美・山下はる香、Vla:片山晶子、Vc:柳瀬史香

三楽章構成

第1楽章:Andante(演奏時間は6分、計算上は4分10秒)
第2楽章:Moderato(演奏時間は1分)
第3楽章:Vivace(演奏時間は参3分、計算上は2分10秒)

第1楽章

1〜54小節Andante、主部(対位法的音楽、譜例1)
55〜76小節 più mosso、中間部(和声的音楽、譜例2)
75〜112 小節Tempo I、主部再現(対位法的音楽)
の3つに分節できる。

(譜例はクリックすると別のタブで拡大表示される。)

対位法的音楽と和声的音楽との対照性は明らかである。

譜例1
譜例2

対位法的音楽においては中心音が楽節ごとに設定され、中心音の変更によって疑似転調効果がある。
伝統的な調性ではなく、多調性の音楽が支配する。したがって概ね全音階的に音楽が進行するが、機能和声感は希薄である。
聞き取りやすい動機(譜例3a、3b、3c)が存在し、それを耳が追いかけることは理解につながる。

譜例3a
譜例3b
譜例3c
第2楽章

1〜19小節Moderato 、主部
20〜26小節 pizzicato、中間部
27〜28小節arco、主部再現
の3つに分節できる。

主部は対照的な2つの動機からなる(譜例4)。それらは交互に出現するが、3回目の出現以降は2つの動機は別々に展開される。
中間部は全楽器によるピッチカートの分解和音音型が無窮動風に連続する(譜例5)。
その後に主部再現となるが、それはわずか2小節の長さしかなく、終止したというより中断した感じを与える。

譜例4
譜例5
第3楽章

1~59小節Vivace、主部
60~72小節 Pesante、中間部
73~108小節 Tempo I、主部再現
の3つに分節できる。

6/8拍子の主部はカノン風にはじまり(譜例6)、やがて八分音符単位の刻みのリズム音型にのって盛り上がる。
後半はなだらかな旋律が対位法的に絡み合う(譜例7)。
3/4拍子の中間部は全楽器の和音連打による力強い音楽で、強拍の位置が移動するヘミオラが躍動感を強調する(譜例8)。

譜例6
譜例7
譜例8

弦楽六重奏 第一番 第1楽章

作曲:1966年10月
初演:1966年11月9日/京都山一ホール/アカデミア弦楽六重奏団
再演:1974年6月1日/同志社栄光館/中瀬古和追悼演奏会/Vln;岩淵竜太郎・中西和代・川村ハルキ、Vla;平田泰彦、Vc;広田敏明、Cb;西出昌弘

この作品について記載された『音楽芸術別冊「日本の作曲」1961-67 』の作曲別作品リスト(p.31)には「弦楽六重奏Ⅰ 第1楽章」の記載があり、多楽章の楽曲として完成させるつもりであったことが窺える。

構成

全体は一楽章制。
1~10小節、導入部
11~31小節、提示部
32~49小節、変奏提示部
50~71小節、中間部
72~90小節、再現部
91~102小節、結尾、
の6つに分節できる。

導入部では原素材が提示される(譜例9)。チェロによる完全四度上行音型と、コントラバスの同音反復音型である。後者の同音反復音型はオルゲル・プンクトのようである。

譜例9

提示部では5度下行音型を用いて明確な旋律線を聴かせる(譜例10)。この5度下行音型ははなはだ印象的であり、この曲の特徴となる。
変奏提示部においては5度跳躍下行音型が見られないものの、提示部における旋律線の輪郭をなぞっている。

譜例10(斜線は最初の音型がその後も連続して書かれていることを意味している。)

中間部では狭い音域内の限られた音高によるヴィオラの旋律線が提示部との対照を示す(譜例11)。

譜例11

再現部では主題が対位法的に展開される(譜例12)。提示部との対照を示す。

譜例12

結尾では原素材が再現された後、同一和音反復による「停止効果」によって終結する。

無伴奏ヴァイオリンのための楽章

作曲:1971年10月
初演:1971年10月22日/同志社栄光館/鴛淵邵子
再演:2019年3月3日/同志社栄光館/中世古千香

三楽章構成

第1楽章:Agitato(3分48秒、計算上は2分20秒)
第2楽章:Grave(2分22秒、計算上は1分30秒)
第3楽章:Grazioso(3分50秒、計算上は2分20秒)

第1楽章

1~10小節とそのリピートである2~11小節 Agitato、主題 
12~25小節、主題変奏
26~34小節、副主題
35~37小節 poco meno mosso、中間部
38~49小節 Tempo primo、主題再現
50~52小節、副主題再現 →53〜55小節 poco meno mosso及びTempo primo、結尾
の7つに分節できる。

冒頭の主題は3つの動機から構成されている(譜例13)。重要なのは動機3b(2小節目冒頭の動機)。これはその後の主題変奏において反転された動機3d(譜例14の2番目の動機)となって3bと絡んで展開される(譜例14)。

譜例13
譜例14

26小節に現れる副主題(譜例15)は主題を構成する3b及び3dの動機を用いて構成されている。しかし似通っているようには聞こえない。休符を挟まずに無窮動風に主題を形成しているからである。

譜例15
第2楽章

全体を通して速度標語はGraveである。
1~6小節、主題
7~9小節、エピソード1
10~14小節、主題
15~18小節、エピソード2
19小節、主題
の5つに分節できる。

主題(譜例16)はとても印象深い。特に冒頭の動機の存在が大きい。そのままの形で5回登場する。
エピソード1においても動機eは変奏されて5回登場する。

譜例16

譜例16
第3楽章

全体を通して速度標語はGraaziosoである。
1~10小節、主題
11~17小節、主題展開
18~20小節、小結尾
21~28 小節、中間部A
29~35 小節、中間部B
36~43小節、主題再現
の6つに分節できる。

主題はGraziosoの表情記号通りの優美な旋律から成る(譜例18)。この主題においては動機や楽句の繰り返しが多く、聴いていて分かりやすい。
小結尾はそれまで音域広く展開されていた旋律が狭い中で上下する(譜例19)。
中間部Bはピッチカートによる音階上行及び下行運動がその前後の部分と対照をなす。

譜例18
譜例19