2009年8月30日から3日間韓国ソウルに滞在した折りに,ノンヴァーバル・パフォーマンスのナンタを見た。ナンタは「乱打」の韓国語読み。その名の通り,身の回りのモノを叩きまわり,それで音楽を演奏し,その音楽が劇の進行の軸となる。

劇の筋書きは,ホテルの厨房を舞台として,マネージャ―の無体な命令でわずかな時間で料理を完成させなくてはならない料理人たちの奮闘を描いたものである。筋書きの彩りとして,威張り散らすマネージャーへの意趣返し,素人同然のマネージャーの甥がコネで料理人として入ってきたことによるトラブル,料理人チーフの苦悩,料理人の中の男女カップルの恋愛,などのエピソードがちりばめられている。これらの筋書きを音楽と,演技(ダンス化された演奏動作)と,ごくわずかなセリフのみで,表現していく。

まず,このナンタの特徴は何と言っても音楽の特異性にある。叩く対象となる身の回りのモノとはここでは厨房の料理用機器・道具・具材である。それを韓国伝統の「プンムル」,そこから派生した「サムルノリ」のリズムで叩きまわるのである。その際にダンス的動きをふんだんに盛り込んでいる。サムルノリを聴いたことのある人は,あの素晴らしい,迫力満点のリズムを思い出されると思うが,それがそのままそこで厨房の料理用機器・道具・具材を用いて再現されるのである。その名人芸には思わず意味を呑む。包丁を撥の代わりに用いているのであるから,一歩間違えば,大きな事故につながりかねない。しかし,そうしたことなど微塵も感じさせない。この叩くパフォーマンスは,BGMとしてならされるダンスミュージックとの掛け合いで演奏されることも多く,ここでは「伝統」と「現代」の融合が巧みにはかられている。

ここでのダンスミュージック(これは完全にテクノポップ風である)は韓国伝統のプンムルやサムルノリのリズムを引き立てるのに非常に効果を上げている。また,このダンスミュージックの存在が,多くの若い人をナンタの世界に引き入れるのに大きな役割を担っており,引き入れられた世界で,韓国伝統音楽のすばらしさに出会うのである。

演技はコミカルな要素ちりばめて,観客が飽きないように随所に工夫が凝らされている。一歩間違うと,ドタバタ喜劇になりかねないのであるが,それをそうはさせないで,アートとしての深い感銘を観客に与えるのが,演奏の「名人芸」である。これは本当にすごい。そのすごさは「一度見てください」というしか表現のしようがない。また,その「名人芸」がすべて伝統芸能の要素に根ざしているので,演奏者は自信をもってパフォーマンスを行っている。また,新しいことをやっているのだけれども,伝統に基づいているがゆえに,新奇性やそこから来る違和感を観客に感じさせない。

ノンヴァーバル・パフォーマンスで,言葉の壁を越えた表現で,外国からの多くの観客を集めようと意図し,それをしっかりと現実のものとしているパワーには脱帽だ。

このナンタはその専用劇場で,5つ程度のグループが日替わりでパフォーマンスを行っていて,少しづつ個性が違うようだ。次回のソウル訪問には,また別のグループのナンタをぜひとも見てみたい。