(2003年5月22日あいれふホールでの三村恵章追悼演奏会「三村恵章の世界—ある前衛作曲家を偲んで」のプログラム冊子よりpp.08-10)

1.作曲様式の変遷

私が知ることの出来た最初の三村恵章の作品は《Field Ⅱ》for Amplified String Quartet(1975)である。演奏を聴いたのではなく楽譜を通して知ったのであるが、その時の驚きを今でも忘れない。60年代から70年代初頭の前衛の様式を完全にマスターした高度な作曲技術をその作品が示していたからである。 

《Field Ⅱ》は音高構造にトーン・クラスター[1]を用いた “音群的音楽”[2]であり、ペンデレッキ[3]やリゲティ[4]の影響が見られる。しかし、そこにはペンデレッキ的な大雑把な表現は見られない。そうかと言ってリゲティ的な執拗さもない。緻密でしかもおおらかさを感じさせる表現がそこにはあった。

その後80年代に入ってから、彼はトーン・クラスター的な書法にこだわらなくなり、音群的音楽の特質を維持しながらも、自由な音高構造を用いるようになる。

90年代に入ると音高構造はさらに自由になり、旋法性や調性的音感も必要に応じて取り入れられるようになってくる。旋法性や調性的音感は音群的音楽としての特質を把握することさえ困難にする。

こうした年代による音高構造の違いは、表面的には彼の作曲様式の変遷を物語る。この変遷は、うつかりすると、三村恵章の作曲家として一貫性を見えなくしてしまう。

本文では、表面的な作曲様式の変遷の背後に息づく三村恵章の「作曲家としての一貫性」が何であるかということを示したい。そのことは彼の作曲技法の特徴を明らかにすることによって可能になる。[5]

2.形式的な複雑さ 

《Field II》を分析してまず気づくのは、形式的な複雑さである。もちろん、現代の音楽であるから、古典的な形式に当てはまらないのは言うまでもない。そうかと言って、他の“音群的音楽”では比較的簡単に行うことのできる時間軸上の区分も容易ではない。

区分ごとの性格が特定しにくいことがその理由である。性格づけのための要素は絶えず変化して出現する。また、区分するにはあまりにも短い時間しかひとつの性格が持続しない。 

《Léthé Ⅱ》for Pianist(1982)も形式的複雑さを示す。長めの休符が時間軸上の区分を作ると言えないこともないが、その区分内部をひとつの性格で把握することは不可能である。ひとつの区分内部がいくつもの不明療な下位区分から成るような印象を受ける。

《Mythology Ⅲ》for Flute and Percussions(1990)は、楽譜上では時間軸上の区分が容易であるように思われる。しかし、区分間に休符を挟まないがゆえに、区分は聴覚的には明確にならない。《Intermezzo for La Folia》for pianist(1993)では区分を形成するほどにはひとつの性格は持続しない。

つまり、三村恵章の作曲技法の特徴のひとつは時間軸上の区分の難しさであり、それによって生ずる形式的な複雑さである。この特徴は彼の音楽が、視覚図式的な形式観に安易に頼って作られたのではなく、まさに鳴り響く音そのものの軌跡を彼の耳が追いかけることによって作られたものであることを示す。したがって、その音楽は音の鳴る瞬間そのものへの聴き手の集中を強く要求する。

3.連続的変化の多用 

音が鳴る瞬間、その音はその前後の音と無関係にバラバラにあるのではない。三村恵章の音楽においては、ある音から次の音への移行はきわめて自然に感じられる。この場合の自然とは、聴き手が持つ次の音への予測に対して、その予測があまり裏切られないことを意味する。したがって集中を要求するものの、鳴り響く音の軌跡を聴き手の耳が追いかけていくことに心地良ささえ感じさせる。

調性を欠いた音楽にあってはある音から次の音への移行にこうした自然さを感じさせることは簡単ではない。三村恵章の音楽が、調性を欠いているにもかかわらず、それをなしているのは連続的強度変化の効果的用法による。彼の楽譜には連続的強度変化を表すクレッシェンドやデイミニエンドの記号が多用されている。実際に彼の音楽を耳にすると、連続的強度変化によって、移行の際の音域の著しい段差や、音型的特徴などの著しい格差などによって生ずる唐突感が埋められていることが分かる。

それとともに三村恵章の楽譜にはアッチェレランドやリタルダンドの連続的速度変化を表す記号も多い。これも連続的強度変化と同様の効果を担っていると考えられる。

こうした強度と速度の連続的変化の多用によるある音から次の音への移行の自然さは三村恵章の音楽の特徴のひとつであると言ってもよいであろう。しか

しこの特徴はある意味では表面的な現象を捉えたものである。彼の作曲技法上の特徴はそのようなものにとどまらない。

4.素材の変奏

《Léthé Ⅱ》について三村恵章自身が創作ノートで「3つの音型モデルのすりかえ」と語っている[6]。この作品に限らず、彼の作曲技法上の特徴は、彼の言う「すりかえ」、つまり限られた数の素材の変奏にあると私は思っている。

《Léthé Ⅱ》においては、①無調的音群、②反復音(単音反復や重音反復及び音群反復)、③トレモロ的連打音(マリンバのトレモロ技法を思い起こさせる)による旋律的断片などが素材となる。これら素材は同じ形がそのまま繰り返されて現れることはなく、また出現順序も一定ではなく、つまりたえず変化して(変奏されて)現れる。その変化の度合いは幅が大きく、元が同じ素材であることに気付くことは簡単ではない。けれども、そのように聴くことを目指すならば、この曲を身近なものとして感じることはそう難しいことでなくなってくる。また彼はそう聴くことが出来るようにも仕掛けを作っている。例えば、冒頭から最初の長休符までの区分(第1区分)で、3つの素材を順次提示する。その後、2つめの長休符までの第2区分で、出現順序は異なるもののそれら3つの素材を再提示する。この段階で3つの素材を認識することが出来る。そうなれば、後はこの素材の変化具合を追いかけていけばよい。曲の半ば過ぎに彼曰く「自然倍音による反復的モデル」が「対立要素」として現れるが、この箇所も②反復音の変奏であることをはっきり知ることが出来る。そのことでこの「対立要素」さえも作品全体のひとつのまとまりの中で捉えることが出来る。

《Mythology Ⅲ》は、三村恵章自らがこれを「一種の変奏曲」と認めている。ここでは、3度音程をなす2音の反復、特種な音階を用いた音階上行音型の2つが素材となる。

《Intermezzo for La Folia》では、和音、音列、和音列が素材となる。変奏はリズム、速度、素材の出現順序の変化によって加えられる。他にも素材への異種要素の挿入や付加によっても変奏が加えられる。曲後半にバッハのシャコンヌの一部が突如現れるが、これなどは変奏としての素材への異種要素の付加である。

《Field Ⅱ》では、核音を中心に上下3度音程までのトーン・クラスター音高構造、弦楽器の特殊奏法による変質音色や音高不定のパッセージの2つが素材となる。トーン・クラスター音高構造はそれ自体の幅を変えたり、音高・音域を変えたりすることで変奏される。変質音色や音高不定のバッセージはその音色変化と音集合の密度変化によって変奏される。

5.3つの特徴

字数の関係で説明を省略せざるを得なかったところもあるが、以上のことを整理すると、三村恵章の作曲技法の特徴は以下のようになる。すなわち;

1.視覚図式的な形式観に安易に頼らないがゆえの形式的複雑さ(それは鳴り響く音そのものの軌跡を彼の耳がおいかけた証明でもある)、

2.強度と速度の連続的変化の多用による音から音への移行の自然さ、

3.限られた数の素材の変化(変奏)によるまとまりの得やすさ、

の3つである。 

これらの特徴は彼の作曲様式の変遷を超えて見られるものであり、すなわち作曲家として一貫性を示すものである。

(1)トーン・クラスターとはある音程間を全音・半音・微分音などの等間隔で音を重ねる音高構造を指す。通常、和音のように同時に鳴らされることが多い。
(2)音群的音楽とは音楽を鳴り響く音響の状態変化として捉えて構想される音楽のことである。そこでは、メロディ、和音、べースなどの概念は重要ではなく、それらの総和としての音響そのものが重要視される。
(3)ペンデレッキは1933年生まれのポーランドの作曲家。微分音の積み重ねによるトーン・クラスターを用いた音楽で広く知られるようになった。
(4)リゲティは1923年ハンガリー生まれの作曲家。トーン・クラスターを微細な音の運動の集合として捉えた作品で知られる。
⑤本来ならばこの目的のためには三村恵章のより多くの作品を譜例付きで示すことが必要である。しかし字数に限りがあるため、《Field Ⅱ》以外は本日のコンサートの上演曲目から旋律楽器ソロや打楽器ソロのための作品を除いた作品のみを、しかも譜例を用いないで、示すことにした。