『考える耳』などの渡辺裕の本を読んで興味を持ったので,この『音楽機械劇場』(新書館,1997)も読んでみた。
 音楽とテクノロジーの問題を扱った本である。音楽史では音楽それのみを取り出して扱うことが当たり前と思われてきたが,渡辺はその音楽がテクノロジーやメディアの進歩に支えられて形成されてきた事実を提示し,それらとの関わりを抜きにしては音楽を語れないと主張する。まさにその通りであると深く納得した。テクノロジーを芸術の純粋性を阻害するもののように考えている人がいるが,それは間違っている。
 渡辺には,現時点での一般的な思い込みを疑ってかかることによって,隠されたあるいは忘れ去られた真実を,多くの資料によって明らかにしようとする強い意志がある。例えば,ベートーベンの音楽がピアノという当時のテクノロジーを駆使した楽器の変遷の影響を受け,またメトロノームという速度を明示するテクノロジーに影響を受けて作られたことを明らかにし,そのことでベートーベンの音楽についての従来の思い込みの是正が必要なことを指摘する。また,ラジオの登場時は現在の我々の想像とはちがって音楽の純粋性を推し進めるメディアとしてラジオが期待されていたことを指摘する。
 歴史をきちんと知ることは,芸術文化創成への様々な可能性を知ることにつながる。このことを実感させてくれる本である。
 読みやすく,専門書の外見を装ってはいないが,巻末の膨大な引用参考文献リストを見ると,この本の専門的バックボーンの豊かさを知ることが出来る。