【作品解説】
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交響曲第39番ト短調第1楽章
短調の交響曲であり、めずらしい。第1主題は奇妙である(譜例1a)。奇妙さは途中で1小節の空白小節が置かれて、音楽が中断していることにある。そしてこの空白小節をはさんで前後の楽節の様子が著しく異なる。
最初の4小節の楽節は2小節ごとの楽句がほぼ同じである。異なるのは2小節目がa→dと4度上行しているのに、4小節がa→dと5度下行している点である。この関係が逆だったらどうだったであろうか。なんとも締まりのない楽節になっていただろう。ハイドンは2小節目での4度上行がもたらす期待感が次の同形の楽句を導き、4小節目での5度下行が楽節としてまとまりをなすようにしたのである。
冒頭の動機の特徴は同音反復が4つ続くことである(動機a)。この同音反復は6小節目まで出現し、その後同音反復は2つから成るものに変わる(動機b)。それが後半の楽節をつくる。リズム的にはまったく異なるものであり、著しい対照をつくりながらも主題としての統一性を感じさせるのは動機のもつ同音反復性である。下記譜例はそのことを現している(譜例1b)。
第1主題の提示の後にその確保が13小節目から始まる(譜例2)。確保冒頭は主題提示冒頭と同じだが、その後すぐに平行調である変ロ長調に転調し、推移の様相を強める。4小節構成の主題が2小節構成の楽句になり、さらに1小節の動機のままの反復となる。
27小節目から第2主題が登場する(譜例3)。使われている動機や旋律の形態はほとんど第1主題と同じである。その意味では単一主題によるソナタ形式と言えないこともない。これを第2主題と見なすのは調の変遷がソナタ形式の調構造に一致しているからである。
40小節目からすぐに小結尾に入る。小結尾では平行調の変ロ長調の終止の定型(カデンツ)が繰り返され、変ロ長調に転調していることを強調する。ここでは徹底して第1主題の動機a、すなわち同音反復動機が使われている(譜例4)。動機後半のa”一見それとは異なる音型のようだが同音反復が装飾されていると見なすことできる(譜例4内のa”)。3小節の楽節が反復された後、その楽節の最後の動機のみがその後に反復されて、変ロ長調の主和音を強調する。
展開部は51目小節から始まる。第一主題が変奏反復されていき、61小節目から対位法的に展開し、とても魅力的な箇所を出現させる(譜例5)。低声部に同音反復モチーフを鳴らすことで主題との関係を保ちつつ、新たな動機を出現させて単調になることを防いでいる。
82小節目からの再現部は当然主調であるト短調で始まる。確保は存在しない。変わっているのは95小節目からの第2主題はなんとニ短調で出現するが、すぐに途中でト短調に転調する。そしてそのまま結尾となって楽章を閉じる。
交響曲第61番二長調第1楽章
Vivace(ヴィヴァーチェ=快活に急速に)の速度指示があるとおり、生き生きした弾むような音楽である。弦楽合奏が第1主題(譜例6)を提示する。この主題は反復の多い単純な構造である。冒頭の2小節の楽句は異なる2つの動機(X, Y)の組み合わせから成り、それはほぼそのまま繰り返されて楽節を形成する。次の楽節は動機Yの反復で始まり、その動機の短縮型(Y’)が続く。7〜8小節目は楽節の終止句であり、動機Yの動機cを用いて、動機dで閉じる。ごく限られた素材でまとまりよくつくられている。
冒頭の8小節はそのまま反復される。ただしその際には管楽器が持続音や和音の連続音型によって主題を彩る。素の弦楽器のみの演奏から管楽器が加わったことの対比は効果抜群であり、管楽器の存在を聴き手に明確に意識させる。ここにハイドンの管弦楽のすぐれた手腕を感じる。
確保は17小節目から始まる(譜例7)。この確保では最初の楽節が動機Xを、後半の楽節が動機Yを用いて(譜例7からは省略されている)、第1主題を変奏している。この主題の変奏はそのことで主題の素材的特徴を強調する。
さて、この楽章の特徴は41小節目からの第2主題にある(譜例8)。木管楽器による和音が何の旋律的変化もなく1小節間に同音反復する。次の小節では和音を変えて同じように同音反復する。管楽器の音色だけを前面に出すじつに思い切った楽想である。後半の4小節はフルート独奏が8分音符のリズムによるなだらかな旋律を演奏して前半との対比を演出する。
63小節目から小結尾に入る(譜例9)。ここでは動機bから派生したb’が中心素材になり、その前の第2主題後半のなだらかな旋律との対比をつくり、音楽の表現幅を広げていく。
その後に提示を属調で終えるためのa音の強調が持続音や同音反復で行われる。対位声部に長三和音の半音階進行が2分音符単位のリズムで出現するのがとても新鮮である(演奏例のみ提示)。これらは展開部と再現部においても同し役割でその時の調にあわせて出現する。
演奏例10
85小節目からの展開部では第1及び第2の二つの主題が偏りなく使われている。また新たな旋律が派生している。たとえば第1主題8小節目の動機dの2度下行から派生した旋律などがそうである(演奏例のみ提示)。
演奏例11
下記は提示部における印象を一新するような変奏による主題の出現である(譜例12)。それがさらに展開部を魅力あるものとする
交響曲第73番二長調《狩》第1楽章
この交響曲には「狩」というニックネームがついている。第四楽章にハイドン自身が「狩」と注記としたことによる。
さて、この楽章はAdagio(アダージョ=ゆるやかに、遅く)の序奏付きである。きわめて単純なリズムの管楽器の和音の同音反復音型による(譜例13)。弦楽器に分散和音音型の単純な旋律が出るが、遅いテンポのために和音の同音反復のみが印象に残る。
27小節目からの第1主題は序奏の同音反復音型を引き継いだ同音反復動機から始まる(譜例14)。始まりは下属和音である。同音反復動機が目立つがその旋律線は流麗な感じを与え、大楽節としてのまとまりを見せる。
第1主題に対して54小節からの第2主題は定石通り属調のイ長調で出現するが、1小節目の動機の変奏反復により楽句としてのまとまりが薄く、動的な感じに終始する。(譜例15)
なお、「作曲家別名曲解説ライブラリー26・ハイドン」のこの交響曲についての解説は第2主題を47小節目からとしているが(pp.70-71)、それは誤りである。その部分はイ長調の属和音の状態であり、それが主和音に解決された箇所(54小節目)から第2主題とすべきある。
展開部は71小節目から始まる。第1主題が出現し、さらに複数声部によって模倣的に出現し、一挙に展開部であることを明らかにする。やや奇妙なのは主声部を模倣する副声部が和音として出現することだ。通常はこの種の線的対位法は単声部同士で展開される。この出現に違和感を感じるか、それとも新しい魅力として感じるか微妙なところである。このように書かれているので、演奏者は魅力として感じさせるように演奏しなくてはならないだろう。
演奏例16
展開部の97小節目からは第2主題後半の動機を用いて新たな楽想を提示している(譜例17)。
107小節目からの再現部は提示部くらべて音勢を増し、圧縮された上で11小節の結尾が続いて勢いのままに終わる。
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