ハイドン大學

2018年10月1日(月)、ヤマハミュージック大阪なんば店2階サロンにおける日本センチュリー交響楽団主催「第13回ハイドン大學」の講師として標題のハイドン作曲の3つの交響曲の解説を行った。本稿はそこで話した内容をもとに私が書き直したものである。したがって内容に関する一切の責任は私にある。なおレクチャーでは慣れていない人のために最初にハイドンとソナタ形式について解説している。すでにそういう知識を持っていて作品解説だけを読みたいと思われる方は【作品解説】をクリックしてください。なお、解説は交響曲の第1楽章のみを対象にしている。本文中の譜例はクリックすると拡大表示される。

「ハイドン大學」は日本センチュリー交響楽団が「いずみ定期演奏会」の中の「ハイドンマラソン」と称するシリーズのプレイベントであり、形態はレクチャーである。「ハイドンマラソン」は首席指揮者飯森範親指揮のハイドン交響曲全曲演奏のシリーズ名で、「いずみ」はそのコンサートが行われる「大阪いずみホール」のことである。私が担当した「第13回ハイドン大學」は10月19日(金)19:00の「いずみ定期演奏会No.39」のためのものである。

ハイドン大學では毎回講師を変えて行われ、これまで音楽学者、演奏家、作曲家、評論家などが交代で講師となり、ハイドンマラソンにおける上演曲についてそれぞれの専門領域を活かすかたちで語っている。講演時間は1時間30分である。

私は作曲家であるので、レクチャーではこれまでの作曲経験やそのために蓄積した知識を活かして、その曲の魅力を伝えることを目的として語った。レクチャーの参加者としては一般的なクラシックファンを前提としている。したがって演奏楽譜を題材にし、そこから読み取れる音楽としての魅力を参加者に伝えることが目的であった。したがって音楽学的な見解を過不足なく語ろうとする気は最初からない。それは別の機会に専門の音楽学者の方にお任せすることだと思っている。

話の題材は標題にある3つの交響曲である。交響曲全曲について語ることは時間的に無理であったのでそれぞれの第1楽章(ソナタ形式楽章)だけを取り上げ、魅力が伝わりそうな箇所を紹介するようにした。

話の順序としてはまず【予備知識】としてハイドンについての簡単な情報提供を行い、ソナタ形式を作曲の視点から説明し、その後に【作品解説】として題材となるそれぞれの交響曲の第1楽章を分析的に紹介し、その魅力を伝えるようにした。

【予備知識

ヨーゼフ・ハイドン

ハイドン(Franz Joseph Haydn)はオーストリア東端のローラウに1732年に生まれ、ウィーンで1809年に没した。幼少期におじから音楽の手ほどきを受けた後にウィーンのシュテファン大聖堂の児童合唱団に入りそこで音楽を学んだ。当時の有名な作曲家、例えばC.P.E.バッハ(1714-1788)やカール・シュターミッツ(1745-1801)、モーツァルト(1756-1891)、ベートーヴェン(1770-1827)などがいずれも音楽家の家系につながり、幼児から家業の後継者として専門教育を受けてきたことと比較すると、ハイドンは異例の部類に属する。ところが彼の音楽実践の場はウィーンであった。音楽を学び実践するのに世界でもっともふさわしい場所であった。音楽の最先端の現場で力をつけていったいわば叩き上げの作曲家がハイドンである。

彼が作曲家として大成するのはハンガリーの大貴族エステルハージ家の楽団に所属したことによる。副楽長から楽長になり、30年間そこで働き、その楽団のために多くの作品を作曲した。その過程で作曲の腕を磨いていった。エステルハージ家を辞めてからは興業主ザロモンの依頼を受けて2度にわたってロンドンで演奏会を行い、大成功を収めた。

彼は真面目に倦まずに作曲活動をつづけ、その作品数は交響曲だけで104曲以上もある。これら多くの交響曲を区別するために第三者がつけたニックネームが公的に流通している。曰く、『熊』(第82番)、『めんどり』(第83番)、『驚愕』(第94番)、『軍隊』(第100番)、『時計』(第101番)、『太鼓連打』(第103番)等々。作曲時のエピソードや曲の一部分の特徴などからつけたまさにニックネームであり、曲の内容に関係した“標題”ではない。はたしてこうしたニックネームはハイドンの作品にとってしあわせなことなのか。

じつは私はこのニックネームのためにこれまでほとんどハイドンの作品を聴かなかった。ある時、必要があって交響曲第100番《軍隊》を聴き、調べるはめになった。聴いて調べて驚いた。内容的にも形式的にも素晴らしい作品で、加えて管弦楽法もすばらしく、特に打楽器や金管楽器の扱いが卓越している。これを「軍隊」などというニックネームでチープな軍楽に関連づけるような印象操作をされていたために聴く意思と機会を持たなかったのである。

ハイドンには「交響曲の父」という称号(?)が与えられている。その理由はまずは作品数が多いこと。つぎに和声様式楽曲としての完成度が高いこと。そして交響曲の様式を四楽章制の管弦楽曲としての確立したことである。第1楽章はアレグロ(急速)のテンポによるソナタ形式楽章、第2楽章はアダージオ(ゆっくり)のテンポの楽章(ソナタ形式であることが多い)、第3楽章はメヌエット楽章(中間にトリオを持つ複合三部形式)、第4楽章はアレグロやヴィヴァーチェ(急速)のテンポによるソナタ形式(あるいはロンド形式)楽章である。

ソナタ形式

ハイドンの交響曲の第1楽章ほとんどがソナタ形式である。そこでソナタ形式とは何であるかについて説明する。ただし私は音楽学者ではないので、ソナタ形式の歴史などについては詳しくは知らない。話題とするのはハイドンやその同時代人であるモーツァルトやベートヴェンにおけるソナタ形式とはどのようなものかについてである。

まずソナタ形式に触れる前に、音楽が音楽として成り立つ原理のようなものを確認する。音楽とは音が鳴っている状態になんらかの秩序を感じることができるものである。その秩序は音の鳴っている状態にまとまり(統一性)と変化(多様性)が現れていることによって感じることが出来る。それと関係して音の流れに時間的なまとまりが感じ取れることも重要である。つまり音の流れを分節できるか否かも音楽であるか否かの分かれ目だ。

以上のことを「構成原理の3つの視点=音楽を成立させる3つの原理」として整理している。第1の原理は「反復・変奏」で、これによってまとまりと変化をつくる。第2の原理は「三部分形式」で、あるまとまりAのあとに性格の異なるBを置いて変化をつくる。しかしそこで終わるとまとまりのないままになるので再度Aを続ける。これを「思い出の効用」と捉えている。第3の原理は「機能和声」である。これは和声音楽における和音連結の際に感じる音の方向性のことで、ある和音を聴くと次に進む和音を自ずと予測し、その出現を期待することで方向性が生まれる。その連続で音楽の統一性を保証する。しかしその期待を充足させる和音の出現だけでは単調になるので時には期待外れの意外な和音がくることで変化をつくる。また転調は和音連結を異なる音高上で行うことによって音楽の進行に変化をもたらすものである。

ソナタ形式は提示部(A)・展開部(B)・再現部(A’)の3つの部分から成る。三部分形式の原理に基づく。ハイドンの頃のソナタ形式は提示部が反復演奏され、さらに展開部と再現部とが合わせて反復演奏されるのが一般的で、楽譜にもそのように反復記号が書かれている。

提示部には2つの主題が出現する。第1主題は主調で出現するが、第2主題は長調の場合は属調、単調の場合は平行調で出現するのが一般的。ふたつの主題は相互に異なる性格を示す。例えば第1主題が動的な性格を示すと、第2主題は静的な性格を示す、というように。この主題が2つあることによって音楽に物語的展開に近いものをもたらすことができる。例えばこの二つの主題の性格の差を強調したり、あるいは逆に共通性を強調したり、二つの主題を混ぜ合わせ新たな性格を醸し出したりなど。

ソナタ形式では主題の他に「確保」「推移」「結尾」という概念が重要になる。確保というのは主題を最初の提示直後に再提示することであるが、単なる主題の反復ではなく、主題の性格を強調したり、新たな性格を付け加えたりする。

推移は複数の主題間の移行部分のことである、主題の動機を用いて推移を形成することもあれば、主題とは縁のない動機を用いて推移を形成することもある。概ね動機の変奏反復によって推移が形成されることが多い。第1主題から第2主題へかけての推移は確保から明確な区分なく続くことが多い。

結尾は楽章や曲全体を終わらせるための部分である。提示部や展開部などを終わらせるための部分を特に小結尾という。提示部における結尾では提示部最後の調の主和音を強調する動きが多い。

普通、音楽の楽節は4小節単位である。そしてその分節はきわめて容易である。多くのポピュラー音楽や民謡はそうなっており、クラシックでも小規模な舞曲や歌曲などはそうなっている。(例:ブラームス『ハンガリア舞曲第5番』、カバレフスキー『組曲道化師』から「プロローグ」)。

  演奏例:ブラームス『ハンガリア舞曲第5番』

 

  演奏例:カバレフスキー『組曲道化師』から「プロローグ」

 

ところがソナタ形式楽曲は仮に主題が4+4=8小節の分かりやすい大楽節であっても、8小節目の終止小節が同時に推移の冒頭小節なって新たな楽想の音楽が開始される。すると分節の4小節単位が崩れる。またその開始から動機の反復変奏が連続するとさらに分節が困難になったりする。クラシックの難しさはこの分節の困難さに起因する。しかしクラシックファンはソナタ形式が分節を難しくしていることこそが魅力であり、変化に富むことが反復聴取と集中聴取を誘発し、新たな音楽上の発見をたのしむのである。

展開部では第1主題や第2主題、場合によっては推移主題などの中の動機を用いて新たな音楽を構成する。変化に富んだ部分である。そのためにまとまった安定性のある楽節よりも、動機の変奏反復などが主に用いられ、調も安定性を欠き、転調の連続となることも多い。

再現部に向けての展開部の終わりでは主調の属和音が連続することが多く、その属和音が主和音に解決したという、つまり期待とその充足という方向性を強調することで再現部が始まる。

再現部は基本的には提示の再現であるが、主調を軸にした調で一貫して進行する。例えば長調のソナタ形式であるならば第2主題は提示部では属調であっても再現部は主調で登場する。短調のソナタ形式では提示部では平行調であるのが再現部では同主調であるというように。

ベートーヴェン交響曲などでは再現部の後の結尾の規模が大きく、第2の展開部の様相を見せることがある。ハイドンの場合はまだそのようにはなっていない。

上演曲目

10月19日(金)19:00からの「いずみ定期演奏会No.39〜ハイドンマラソン」における上演曲目は下記の通りである。

  • 交響曲第39番ト短調、1765年頃の作曲。楽器編成はオーボエ2、ホルン4、弦楽合奏。弦楽合奏の低音部にファゴットが加えられる。
  • 交響曲第61番ニ長調、1776年作曲。楽器編成はフルート、オーボエ2、ファゴット2、ホルン2、ティンパニ、弦楽合奏
  • 交響曲第73番ニ長調、1781年作曲。楽器編成はフルート、オーボエ2、ファゴット2、ホルン2、トランペット2、ティンパニ、弦楽合奏

39番から61番までは約5年、61番から73番までは10年の間隔が空いている。73番からザロモンセットの交響曲(1791〜1795)までが10年の間隔が空いている。円熟期のザロモンセット以外の交響曲が年代をあけて聴くことができるようにプログラムが組まれている。

なお、楽器編成は時代を経るにしたがって大きくなっている。73番の楽器編成にクラリネットを加えるとほぼベートーヴェンの管弦楽と同じ編成規模である。

【作品解説】に続く