7月27日(金)アクロス福岡シンフォニーホールでの、九州交響楽団第369回定期公演の聴きどころを紹介します。私は九響プレイベント「目からウロコ!?のクラシック講座」の担当者ですが、このブログの記事は自由に個人的な視点で書いています。したがって内容に関する一切の責任は執筆者にあります。(譜例はクリックすると拡大表示されます)

369回定期公演の演目は、モーツァルトの交響曲第41番ハ長調K551《ジュピター》、ホルストの組曲《惑星》作品31。指揮はアルゼンチン出身のアレホ・ペレス、《惑星》における女声合唱はRKB女声合唱団。

なお369回定期の「目からウロコ!?のクラシック講座」(7月6日開催予定)は西日本を襲った大雨災害によるJR新幹線不通のための中止になっています。

ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルト(1756-1791)

◎交響曲第41番ハ長調K.551《ジュピター》

作曲:1788年8月10日に完成。モーツァルトが最後に作曲した交響曲とされている。ちなみに第39番変ホ長調K.543は同じ年の6月26日に、第40番ト短調K.559は7月25日に作曲、完成している。驚くべき作曲の速度である。作曲のキッカケは予約演奏会のためとされている。あるいは楽譜出版のためとも言われている。いずれにせよ作曲による収入をあてにしてのことである。

初演日時:不明であるが、生前には初演されていたと考えられている。

「ジュピター」というタイトルはローマ神話に登場する気象現象を司る神ジュピターに由来する。ジュピターはギリシア神話主神のゼウスのローマ名である。ゼウスは全知全能の存在で、全宇宙や天候を支配し、人類と神々双方の秩序を守護する天空神のことである。力強く、堂々とし、拡がりを感じさせるこの曲のイメージがゼウスのイメージに重なるために、後世の人がこのニックネームを付けたのだ。

曲は典型的な古典派交響曲の様式に則っている。

  • 第1楽章:Allegro vivace(ソナタ形式)
  • 第2楽章:Andante cantabile(ソナタ形式)
  • 第3楽章 Menuetto:Allegretto(中間部にトリオを有する三部形式)
  • 第4楽章 Finale:Molto Allegro(ソナタ形式)

編成は二管編成であるが、クラリネットとトロンボーンは用いられていない。

第1楽章

第1楽章第1主題は主音を強調すべく主音が連打される。主音は音階上行型の装飾音的音型を伴うことでより強調される。音階上行型の動機はその後に反転型(音階下行型)となって度々現れる。

 

この主題は前半(A)と後半(B)が著しい対比を為している。前半は強音の主音連打による同度反復(ド−ド−ド)であり、後半は弱音の上行型旋律(ド−レ−ソ、和声の骨格から言えばシ−ド−ファ)である。この対比がこの曲が多様で豊かな要素から成り立っていることを曲頭に端的に示す。例えば次のような主題も考えられうるが、その場合は単純の誹りを免れないだろう(この譜例は池辺晋一郎『モーツァルトの音符たち』音楽之友社、2002、p.21から引用)。

もっともベートーヴェンのように限られた要素の徹底した反復変奏を用いて多様で豊かな音楽を作り出している例もある。ベートーヴェンの第1交響曲ハ長調の主部の最初に出てくる第1主題はモーツァルトの第41番の第1主題と似ている。しかしベートヴェンはこの主題動機の使用に徹底的にこだわる。両者の個性の違いがよく分かる例だ。

 

第1主題にまとまりをもたらすために9小節目から管楽器を中心に勇ましいリズム音型を繰り返すが、そのリズム音型と共に音階上行型の動機の反転型(音階下行型)が弦楽器に現れ、モーツァルト流の反復変奏の技を見せる。

 

第2主題は属調であるト長調で出現。第1主題と対比的ななだらかな旋律線を示す。この主題も第1主題と同様に前半と後半が対比を見せている。ただ後半の低声部に前半の旋律を巧みに忍び込ませて統一性を強調している。

 

この曲にはもう一つの第2主題がある。結尾主題とか呼ばれるが、ややこしいので単純に第3主題と呼ぶ。展開部では展開の素材として重用される。

 

この第3主題の展開例として展開部に入ったばかりの部分の音楽。

 

第4楽章

第4楽章の特徴はフーガ的技法がこの楽章のあちらこちらに顔を出すことである。フーガは一つの主題を他の声部が模倣していくことに特徴がある。多くの場合、模倣のたびに声部を徐々に増やしていくので、その様子は空間が拡大している様を暗示させ、声部の絡み合いが大きな教会のような建造物を思い起こさせる。ここらあたりの様子もまさにジュピターのニックネームにピッタリだ。

第1主題の全音符による最初の4音(ド−レ−ファ−ミ)はきわめて印象的だ。

 

この主題と同じ旋律線を持つ主題がじつは第3楽章メヌエットの中間部トリオに出現しており、後のフランクなどによる循環形式を先取りしている。

 

グスターブ・ホルスト(1874-1934)

イギリスのコッツウォルズ地方のチェルトナム生まれ。先祖はスェーデン系。王立音楽院で学び、そこでヴォーン・ウィリアムズと知り合い、生涯の交友を結ぶ。ただしヴォーン・ウィリアムズが裕福だったのに比べ貧しかったホルストはトロンボーン奏者をしたり、生涯女学校の教師をしながら生活の資を得なければならなかった。そのせいか、作品の数はけっして多くはない。

◎組曲「惑星」作品31

作曲:1914-1916、初演:1920年2月27日、ロンドン

7つの惑星を象徴する7つの曲から成る。標題音楽でなく、惑星に付けられた神の名前とも関係はない。強いて言えば惑星を象徴するサブタイトルが内容を示唆している。

ホルストによるこの曲は初演時は好評であったが、その後は忘れられていた。1961年にカラヤンがウィーンフィルを指揮し、この曲の言わば蘇演をしたことで人気に火が付いた。この曲が初演後にしばらく忘れられていたのはイギリスの作曲界への世界的評価が関係しているように思われてならない。イギリスは政治経済的にはヨーロッパ一の「大国」だったが、こと音楽に関してはバロック以降「辺境」の扱いを受けてきた。

正確に言えば音楽受容に関してはまちがいなくイギリスは「大国」であった。古くはヘンデル、ハイドン、メンデルスゾーン、シベリウスと、イギリスで認められたことが世界的大作曲家と認知されるキッカケになった。しかし作曲家の輩出という面から見れば政治経済の大国ぶりからは考えられないほどお寒い状況だ。我々はイギリスの作曲家として誰を思い浮かべるであろうか。ヘンリー・パーセル(1659-1695)、エドワード・エルガー(1857-1934)、ヴォーン・ウィリアムズ(1872-1958)、グスターヴ・ホルスト(1874-1934)、ベンジャミン・ブリテン(1913-1976)くらいか。パーセルとエルガーとの間は200年くらい空いている。

ホルストはシェーンベルク(1874-1951)と同年生まれである。クラシック・ファンの人気とは別に音楽史上の位置づけはシェーンベルクに比べてあまりにも低すぎる。同じ時代を生きた著名な作曲家を並べてみると、ドビュッシー(1862-1916)、ラヴェル(1875-1937)、バルトーク(1881-1945)ストラヴィンスキー(1882-1971)といずれも時代の音楽思潮と格闘してきた作曲家ばかりである。その中ではホルストは時代に背を向けた上に、あまりにも地味すぎるのか。それともヨーロッパの西端の地「辺境」の作曲家という世間の思い込みが評価に影響を与えたのか。

ホルストはけっして時代に背を向けてはいなかった。《惑星》の作曲の動機として、シェーンベルクの無調音楽である《5つの管弦楽曲》(1909)の存在があったと告白している。また《惑星》にはストラヴィンスキーの《春の祭典》(1913)の影響があることも自ら語っている。しかし音楽史が作曲技法史として認識される芸術音楽にあっては、時代遅れとみなされた作曲家の評価は低いのである。しかし《惑星》の音楽そのものとしての魅力はそのような評価にけっして負けるものではない。今回の定期演奏会はそのことを実感させてくれるはずだ。

編成は四管編成の大オーケストラ。多くの打楽器、オルガン、チェレスタ、ハープを用い、わずかな出番しかないものの女声合唱(舞台裏)も含む。

形式は複数の主題を組み合わせて多くは自由な3部形式的構造による。

第1曲 「火星」

Mars軍神/戦争をもたらす者

4/5拍子、アレグロ

冒頭から執拗に繰り返されるたくましい5拍子のリズム主題。華々しくダイナミックで豪快な音楽。5拍子を活かした第1主題、平行和音による力強い第2主題。そして勇ましい第3主題。

第2曲「金星」

Venus愛と美の女神/平和をもたらす者

4/4拍子、アダージョ

穏やかでやすらぎに満ちた優雅な音楽。平和で自然な美しさに満ちた第1主題とのどかで民謡風な第2主題。

第3曲「水星」

Mercury神々の使者/翼のある使者

6/8拍子・2/4拍子、ヴィヴァーチェ

軽快なおどけた曲、スケルツォ。ユーモラスな第1主題、ヴァイオリン独奏による滑稽に満ちた軽い第2主題。

第4曲「木星」

Jupiter快楽の神/快楽をもたらす者

2/4拍子、アレグロ・ジョコーソ

軽快なおどけた曲、スケルツォ。歓喜を予告するような第1主題。調子のよい第2主題。3/4拍子の民俗舞曲風の第3主題。3/4拍子民謡風で祝典風の第4主題。組曲の中でもっともよく知られた楽章で、単独でも演奏される。

第5曲「土星」

Saturn老年の神/老年をもたらす者

4/4拍子、アダージョ

老境を陰影深く表現。暗い虚ろなフルートの和音動機。コントラバスの憂鬱な第1主題。金管が第1主題の変奏として第2主題を奏する。

第6曲「天王星」

Uranus魔術の神/魔術師

4/6拍子、アレグロ

デュカス《魔法使いの弟子》の影響が顕著。奇怪な動機や主題が次々と登場、管弦楽法を駆使して魔術的な雰囲気を演出する。冒頭にGustav Holstの音名象徴が現れる。

第7曲「海王星」

Neptune水の神/神秘の神、もっとも深く神秘のヴェールに閉ざされた存在

4/5拍子、アンダンテ

全曲を通して弱音が支配する。無限の神秘感に満ち、舞台裏からの女声合唱(舞台裏)がその神秘感をさらに演出する。不安をたたえた第1主題。優雅な第2主題が幽玄の美を導いていく。