吉田秀和氏逝去。ご冥福をお祈りします。
ちょっと前に『世界の指揮者―吉田秀和コレクション』 (ちくま文庫)を読んだところでした。この本は軽い読み物調で、いわゆる一種の印象批評だけれども、行間からこの人の膨大な音楽知と深い聴取体験がにじみ出ていて、大いに納得させられました。余人には真似の出来ない「芸」です。
学生時代からこの人の書かれた書物、中でも現代音楽関係の翻訳書には本当にお世話になりました。シュトッケンシュミット『20世紀の音楽』『現代音楽の創造者たち』『シェーンベルク』、ストラヴィンスキー『118の質問に答える』、アンドレ・オデール 『現代音楽――フランスを除く』等々。私の手元には1950年出版のハーリヒ・シュナイダー『現代音楽と日本の作曲家』という翻訳書まであります。40年近く前に大阪の古本屋で偶然見つけたものです。この本には諸井三郎、池内友次郎、平尾貴四男、小倉朗などの戦前から活躍していた作曲家の作品分析が載せられていて、大変貴重なものです。
著作物の中では『現代音楽を考える』(新潮社,1975)にもっとも影響を受けました。その中でも「図形楽譜」と題された章では、図形楽譜を「音楽のあり方を示す記号の集合体であるという考え方から離れ,それは,むしろ,まず創造的な表現を行うよう,演奏家を促し,唆りたて刺激するように役立つべき手段である」(p.208)と定義づけていて、そこにいたる論理展開が実に説得力のあるものでした。
二十世紀音楽研究所の中心創立メンバーで、日本の“現代音楽”振興にも積極的に関わって来た人です。売れ行きが悪くて何度も休刊になりかけていた『音楽芸術』の存続に尽力され続けてきたとも聞きます。(しかし『音楽芸術』は15年ほど前についに休刊。)1960年代に出版された『音楽芸術』別冊には、日本の現代音楽作曲家についての本格的な評論を書かれており、当時中学生から高校生であった私は初めて日本の現代音楽作曲家についての知識を得たものです。
ある意味、日本のどの作曲家よりも、私の音楽に影響を与えた人であったと、亡くなられてみて分かりました。
25年ほど前に鎌倉の街を歩いていて、ドイツ人の奥様と仲良く買い物をされている姿も偶然に見たことがあります。
仕方がないとはいうものの、一時代を築いた人たちが次々となくなり、寂しさが募ります。