福岡発新作オペラへのアプローチ《ラーマヤナ》の公演が2011年1月29日にあいれふホールで西日本オペラ協会によって行われた。私自身の台本・作曲によるオペラ《ラーマヤナ》初版抜粋版の演奏会形式・室内楽編成による上演である。今回の公演は,題材やその音楽に親しんでもらうための機会であり,また送り手側としても本舞台公演に向けての完成度を高めるための機会でもあった。なにしろオペラの本舞台公演には膨大な予算とエネルギーを要するので,本舞台初演後即お蔵入りの事態は避けたい。落語家に筋書きを語らせ,画像投映でイメージを提示し,字幕によって言葉を明示するなどの工夫をしたことで,題材やその音楽に親しんでもらうという目的はある程度は達成できたと思っている。同時に台本や音楽についても忌憚のない意見を聞くことも出来,それらを受けて書き直しを進めているところである。
「バロック時代をプロローグ(not yet)、二十世紀をエピローグ(no more)とするところの、徹頭徹尾十九世紀的な現象である」と音楽学者の岡田暁生が著書『オペラの運命』(中公新書)で喝破したように、オペラは十九世紀の西洋の芸術である。したがってオペラの内容には、時代や歴史、文化、言葉、そして容姿と、現代の日本に共通するものがほとんどない。オペラ大好き人間にとっては何の問題もないことだが,一般の日本人にとっては馴染みにくい原因になっている。
その一方で日本人作曲家の手によるオペラもあるが、概ねその音楽様式が二十世紀以降の無調音楽で、クラシック好きが期待するようなものではない。また時代物に想を得たオペラが多く、髷と和服の人物によるオペラ的な歌唱は、歌舞伎や文楽を知っている者には違和感がつきまとう。
そこで、19世紀のオペラ様式,調性音楽、舞台は西洋でも日本でもない架空の場所、時代は想像上の「むかしむかし」、登場人物の容姿は東洋人、言葉はまずは日本語、というオペラを構想した。そしてその題材として,インド起源の神話であり,東南アジア諸地域の芸能の主要な題材となって庶民に愛されている物語「ラーマヤナ」を選んだ。アジアの文化的ハブを目指す福岡が発信するオペラの題材としてはまさに最適なものと考えている。そしてそこには,愛と死、戦いと勝利、葛藤とその解決、というオペラの劇としての主要な構成要素がすべて入っている。
クラシック好きをたのしませるオペラをつくりたい。その上で,上演費用の問題などを考慮すると,大管弦楽による演奏に縛られることなく,通常の楽器に加えて電子楽器やコンピュータの使用も厭わないし,舞台装置として映像なども多用するつもりでいる。単なる経済的理由のみからだけでなく,ドイツなどでの古典オペラの現代劇的な演出や装置での上演に,表現面からも学んでいるからである。