本稿はオーストラリアを代表する作曲家ピーター・スカルソープ(Peter Sculthorpe 1929-2014)についての小論である。作曲家情報を記述し、その作品のいくつかを解説する。今回は管弦楽のための《太陽の音楽第2番「ケチャ」》、弦楽合奏のための《ポート・エッシントン》、弦楽四重奏曲第8番の3作品について。その後、都合10作品ほどを解説するつもりである。

Peter Sculthorpe(1929-2014)©Wikipedia

ピーター・スカルソープはオーストラリア大陸の東南沖にあるタスマニア島の出身である。幼年時代からピアノを習い始め、7〜8歳頃から音楽を書き始め、長じてメルボルン大学音楽学部で学び、その後イギリスのオックスフォードでエゴン・ウェレスに師事した。オーストラリアに帰国後はシドニー大学で教鞭を執りつつ、オーストラリアの作曲家としてその地の独自性を意識した作品を発表し続けた。

スカルソープの名は日本ではほとんど知られていない。1970年の大阪万国博覧会の折、武満徹がプロデューサーを務めていた鉄鋼館で行われた現代音楽をめぐるシンポジウムに発言者のひとりとして参加していた。そのシンポジウムに私は聴衆として参加。その彼がどのような発言をしていたか,実はほとんど記憶にない。ただその名前だけを覚えていて、その後10年ほど経ってからたまたま大阪の日本楽器(ヤマハ)の楽譜売り場でFaber社から出版されている彼の作品楽譜が比較的安く売られていたのを見つけ、まとめ買いをした。伝統的な記譜法と細部の即興演奏を刺激する非伝統的記譜法とがミックスされていて、それに興味を抱いたからだ。楽器の特殊奏法も頻繁に用いられていることにも興味を持った。しかし長くその楽譜は私の仕事部屋の本棚の隅に置かれたままだった。その音楽を聴くすべがなかったからだ。ところが20年ほど前から彼の作品CDが街中のふつうの売り場で手に入るようになり、またYouTubeでその音楽を聴くことが簡単に出来るようになった。オーストラリアを代表する国民的作曲家で、多くのオーストラリア出身の演奏家や団体が積極的に彼の音楽を取り上げ、CDも多数出版されている。

その音楽はいわゆる西欧的な前衛音楽とは肌合いが異なる。特色といえばところどころにアボリジニや東南アジア島嶼部の民族音楽的要素が、加えて東アジアの民族音楽的要素も曲中に顔を出すことだ。それと関係して打楽器によるリズムパターンの頻繁な反復も目立つ。スカルソープはこれらのことを西洋世界からオーストラリアが離れているという地理的条件が自らに課した必然ととらえている。彼が1969年に受けたテレビでのインタビューからもそうしたことがうかがえる。

いずれにせよ安易な通俗性に満ちた“現代音楽”とは一線を画していて、進歩史観に基づく前衛音楽の枠組みにとらわれさえしなければ、まさに「現代の音楽」として聴く価値のあるものだ。日本で言えば伊福部昭の音楽の位置づけに相当すると私自身は思っている。

スカルソープは現代の作曲家としてはたいへんな多作家である。様々な編成ための作品を350曲以上作曲している。管弦楽作品が20曲以上、弦楽四重奏曲が番号付きのものだけで18曲もある。反面、それらがすべて異なる作品と言うわけではなく、同一曲を編成を変えることで別の曲名をつけて別作品として発表したりしている。また作品をシリーズ化していることも多く、同様の作風の作品が続くことで多作になっている場合もある。作曲家のキャリアについての考え方が現今の芸術音楽作曲家一般とは異なるのだろう。そのことを押さえておかないと彼の音楽の良さを見失うかも知れない。

参照Webサイト:
https://www.australianmusiccentre.com.au/artist/sculthorpe-peter (2020年9月1日取得)

Sun Music for Orchestra Ⅱ, “Ketja” 管弦楽のための《太陽の音楽第2番「ケチャ」》

演奏例:https://www.youtube.com/watch?v=kcJRszfmss0
編成:2.picc.2.2.2 – 4.2.3.1 – timp(=BD) – perc(3): gong/susp.cym/4 bongos/timb/whip/mcas – strings
演奏時間:6分
作曲:1969
初演:1969年2月22日、シドニー・プロムナードコンサート、ジョン・ホプキンス指揮シドニー交響楽団

1973年版の出版楽譜には書かれていないが、その後のAMC (Australian Music Centre)の資料などには「ケチャ」の副題が加わっている。

Sun Musicの4曲の中ではじつは最後に作曲された音楽である。旋律要素がほとんど存在せず、管弦楽全体がリズム楽器として機能している。主要部分での短いリズムパターンの反復がケチャと関係しているようにも思えるが、副題を知らなければケチャとの関連には気付くことはない。

構成は以下のようになっている。

第一部Feroce(冒頭)は低音打楽器の強打と高音弦楽器の最高音域のクラスターの持続音で開始される。最高音域のクラスターの記譜や実際の響きについてはペンデレツキの影響が明らかである。

第二部前半Feroce, ma molto misurato(練習番号1 – 5)は短いリズムパターンの反復によるボンゴを中心とした打楽器アンサンブルの音楽だが、楽節構造が単純で概ね4小節単位で音楽が進行する。常に十六分音符単位でリズムが刻まれていく。この部分がもっとも副題のケチャを思わせる。

第二部後半Ruvido(6 – 10)は前半とは対照的に金管楽器低音域でのクラスターと低音打楽器が総奏スタッカートで粗っぽく間歇的なリズムを刻む。

第三部Feroce, ma molto misurato(11 – 15)は第二部の反復である(譜例1)。ただし後半は短縮されている。

(譜例はクリックすると別のタグで拡大表示される。)

第四部Feroce(16 – 19)は第一部の変奏を伴う再現である。第一部を骨組みとしてそこに新たな声部が付け加えられ、表情が迫力を増している。

第五部Molto violento(20 – 終止)は第四部の変奏を伴う再現であり、クライマックスを迎えた音響の迫力は凄まじい。

譜例1:音高の記譜に関してはペンデレツキ等のクラスター楽派の影響を受けている。

以上のように反復や再現の存在が明確で、形式的な把握は困難ではない。リズム動機が形式構造の中で明確に存在していてきわめて把握しやすい。ある意味で単純ですらあるのだが、この単純さを打ち消しているのがクラスターの存在である。管弦楽編成ならではの色彩感豊かなクラスターがこの曲を音響の魅力に満ちた “現代音楽”に仕立てている。

Port Essington for Strings 弦楽合奏のための《ポート・エッシントン》

演奏例:
第1楽章 https://www.youtube.com/watch?v=Q_LSKApfFRA
第2楽章 https://www.youtube.com/watch?v=q3wSSEFXyjI
第3楽章 https://www.youtube.com/watch?v=xTge7GTPZpA
第4楽章 https://www.youtube.com/watch?v=OqIIlFcWbmg
第5楽章 https://www.youtube.com/watch?v=yIIfVKNAZVc
第6楽章 https://www.youtube.com/watch?v=VXBw4F59aTQ

編成:Strings(2つのヴァイオリンと1つのチェロによる弦楽三重奏が全楽器による合奏から独立して演奏される箇所がいくつかある)
演奏時間:15分
作曲年:1977年
委嘱:ムジカ・ヴィヴァ・オーストラリア室内合奏団
初演:1977年8月18日、シドニーオペラハウス、Fオーストラリア室内合奏団

タイトルのポート・エッシントンは地名である。オーストラリア大陸の北部ノーザンテリトリー州北端のコーバーク半島に開拓地跡地として現在は残っている。19世紀初頭にここを貿易拠点にすべく開拓を始めた大英帝国であったが、あまりの自然環境と気候条件の過酷さに1849年に放棄した。ここでは言わば西欧文明がオーストラリアの自然に敗北したわけであり、音楽はそのことを描いている。

この作品には「未開」を象徴する主題と「植民」を象徴する主題が交互に、時には同時に現れる。両主題は出現のたびに変奏され、その変奏によって標題性を明確にしている。

「未開」の主題は音域幅の狭い音型の繰り返しを中心としたミニマル音楽的な単純な構造を持つ旋律である。原住民アボリジニの旋律に想を得ている。本質的にモノフォニーであり、だからこそ同時に鳴る他の声部との音高関係に和声理論などから解放された自由さがある。「植民」の主題は弦楽三重奏によって演奏される。弦楽三重奏は西欧文明の象徴であるサロンを示している。こちらの音楽は対照的に古典的な和声構造によっている。

曲は連続して演奏される6つのセクションからなる。
1.プロローグ:The Bush未開(弦楽合奏)は「未開」主題が重々しい伴奏にのって荒々しい感じで登場する。
2.主題と変奏:The Settlement 植民(弦楽三重奏+弦楽合奏)は「植民」主題が軽やかにかつ上品な感じで登場する。ただし音楽が進につれて噪音が伴奏に増えてきて、不安が徐々に兆しはじめる(譜例2)。
3.幻想曲:Unrest不安(弦楽合奏)では両主題はともに出現せず、前のセクションで現れた「不安の兆し」が強調される。弦楽器の特殊奏法による噪音が音楽を支配する。
4.夜想曲:Estrangement 対立(弦楽三重奏+弦楽合奏)では「未開」主題と「植民」主題が同時に現れる。必然的に音楽は多調性的に進行する。徐々に「未開」主題が優勢になる。
5.アリエッタ:Farewell告別(弦楽三重奏+弦楽合奏)では「植民」主題がゆったりとしたテンポで哀愁をもって現れる。まもなく訪れる植民の消滅を暗示する。
6.エピローグ:The Bush未開(弦楽合奏)では「未開主題」がテンポを落として本来の荒々しさを喪失してまるでポートエッシントンの歴史を回想するかのように登場する。

譜例2:調性的な旋律にそれを邪魔するかのような噪音が伴奏部分に増えていく。

対照性に富む主題、同時演奏を可能にする主題、非音楽的噪音やクラスターとの共存を可能にする主題、これらが標題性をみごとに際立たせている。

String Quartet No.8 弦楽四重奏曲第8番

演奏例:
第1楽章 https://www.youtube.com/watch?v=ilWPzzu5ZpM
第2楽章 https://www.youtube.com/watch?v=2TonP8kWfjk
第3楽章 https://www.youtube.com/watch?v=HJDDblxfOUQ
第4楽章 https://www.youtube.com/watch?v=TS9XTgxuIlY
第5楽章 https://www.youtube.com/watch?v=6Glg5g_ZR_E 

編成:弦楽四重奏
演奏時間:15分
作曲年:1968年
初演:1970年1月15日、ロンドン、ワイグモーア・ホール、アレグリ四重奏団

じつはこの曲はスカルソープの音楽の中で最初に私が耳にした曲である。1987年に日本で発売されたKRONOS QUARTETTの現代音楽ばかりを集めたCD(Nonsuch 79111-2)の第1曲目に入っていたのである。のちに世界的ブームを巻き起こしたKRONOS QUARTETTのデビューCDであり、現代音楽を軽やかにスタイリッシュに聴かせる選曲センスとそのすぐれた演奏技術に驚いた。そのCDの1曲目と言うことはKRONOS QUARTETTの音楽ポリシーを具現化するのにこの作品が最適の素材であったということなのだろう。

全5楽章から成っている。

第1・3・5楽章はいずれもCon dolore(悲痛に)という表情用語が付され、第1楽章と第5楽章ではチェロが、第3楽章では4つの弦楽器が順に、それぞれ表情豊かに旋律を独奏で展開する。演奏者個々の能動的な表情付けを誘発するために周期的な拍節構造から解放された記譜法を採用している。時間の目安として3秒ごとの目盛りが書かれているものの、演奏者は図形的配分から音の長さやタイミングを決定する。(譜例3)

(譜例3:拍子もリズムも拍節に基づいては記譜されていない。)

旋律は短調的な全音階旋律を短2度の隣音で修飾する動きが中心となっている。楽譜上では臨時記号に満ちているが半音階的な無調性をそれほど感じさせない。旋律の背景としては弦楽器の特殊奏法(駒と弦留めの間を弾く、弓の木部で弦を叩く、弓で軽く開放弦をこする、四分音のトリル、など)の使用が目立ち、音色がきわめて多様である。これらは音高不定の打楽器と同じような機能・効果を持っている。(譜例4)

(譜例4:楽譜の最初のページにある特殊奏法についての説明)

対照的に第2・第4楽章は2拍子を中心とした明確な拍節に基づくきわめてテンポの速い音楽である(譜例5)。打楽器的効果に満ち、楽節・楽句の反復を中心とした舞踊音楽の趣がある。ただし音楽構造における展開・発展の要素は少ない。たとえば部分や楽章の終結は楽句の単純な反復によって、一種のブレーキ効果を生じさせているにすぎない。

(譜例5:第4楽章における頻繁な打楽器的効果の使用例)

第2楽章ではその中間部に東アジア音楽風の陰旋法を思わせる旋律が顔を出すことで、その前後の部分と表情の著しい差をつくる。一種のあざとさを感じさせる音楽的処理であり、私は魅力を感じるが、禁欲的に現代音楽をとらえる向きには非難されるかも知れない。

第4楽章は4つの楽器それぞれに与えられた楽節を相互に異なる周期で反復を続ける。その意味ではミニマルミュージックの影響を受けているが反復の周期が長いためにそのようには聞こえない。