【演奏時間】15分
【作曲】1990.4
【初演】1990.6, 東京バリオホール, 中村滋延「音の個展IV」, ソプラノ:柱本めぐみ、演技者:花石真人・恵良真理
【録音】ALCD-9002
【概要】声の様々な表現の可能性を歌い手の実演とそれに連動したコンピュータを用いて追究した作品.歌い手の声はライブのみでなく,あらかじめコンピュータに録音されているものもあわせて用いる。

(映像に使用されているのは画家中村孫四郎の抽象絵画作品)

題名

題名の”Crossword”は、クロスワードパズルに由来している。
クロスワードパズルは意味的には無関係な単語が音(おん)のみを接点にして並んでいる。しかし並んでいる様をみると、意味的には無関係であるにもかかわらず、ひとつの世界(=詩的世界)をおのずと形作っているように私には感じられることがある。
この作品では、音(おん)が言葉とは無関係に並べられている。これは第一に、人間の声の持つ表現力の中の音(おん)に関するものを音楽的に強調したいがための処置である。それと同時に、聴衆が音(おん)の偶然の連なりに言葉を聴き取り、意味を感じ、そこに詩的世界を見いだすことも、ある程度意図している。その聴き方・感じ方は多様であり、言葉はまさしくクロスワードパズルのように意味的には相互に無関係な単なる羅列として、聴衆の耳には飛び込んでくることであろう。しかし、この偶然に支配された言葉の羅列こそが、音楽的な進行と相俟って、イメージの自由な飛翔をもたらしてくれるように思う。

編成

歌い手(ソプラノ)、2人の演技者、そして電子音響を制御するコンピュータ操作者によって演奏される。
歌い手の演奏はマルチェフェクターによって様々な変調が加えられて拡声される。
2人の演技者は特別製のMIDIインターフェイスに接続された赤外線センサーが組み込まれたインスタレーションに対して赤外線を遮る動作を行う。
MIDIインターフェイスはサンプラーに接続され、そこにあらかじめ録音されている歌い手自身の「声」を鳴らす。歌い手は自身の声による重層的な「ひびき」を自ら創出するのである。

歌い手のための楽譜

この作品の歌い手のための楽譜(Crossword Vo1.2  vocal part)には、言わばテキスト(=歌詞)として、発音と発声に関することが中心に書かれている(図1)。時間、音の長短・リズム、音高、音強などに関しては暗示的にしか書かれていない。歌い手は楽譜の内容を演奏のためのヒントとしてとらえ、発音に関することも含めて自主的に即興的に音楽を作り上げていかなければならない。

(以下の図はクリックすると別のタグで拡大表示される)

図1

構成

人間が発声しうる様々な声とそれらに電子的な変調を施したものが主要素材となる。背景で鳴る電子音響は時間的な配分を歌い手に伝え、歌い手の能動的な演奏をより刺激するためにある。そのために電子音響は歌い手の演奏による音楽内容と密接に関連する。
全体はほぼ等しい時間を持つ3つの部分からなる。第一部は点と線の素材が徐々に高まりを見せる。第二部は全体的に静的な展開を見せる。歌い手は旋律線を明確に提示する。第三部は劇的表情を中心とし、歌い手は子音の素早い反復運動を中心に音楽を前進させる。
下の図は作曲時のスケッチであり、全体の音楽構造のメモである(図2)。第一部「いろいろな響き」第二部「“うた“と“ことば”」第三部「“まんだら”」との書き込みがある。

(図2)

視覚的要素として演技者の動作、演技者のための楽譜

《クロスワードVol.2》には「女性歌手,2人の演技者とコンピュータによるミュージックシアター」の副題がある。ミュージックシアターの要素を形成するのが二人の演技者による舞台上のインスタレーションに組み込まれた赤外線を遮る動作である。
演技者のための楽譜には赤外線を遮るタイミングに関する指示が書かれているだけである(図3)。

(図3)

なお二人の演技者の動作の演劇的意味は規定されていない。演奏の度に自由に規定してよい。初演時では、二人の演技者は前後に位置し、前の演技者はあぐらをかき、後ろの奏者はそのすぐ後ろに立って演奏した。ひとつの仏像が複数の腕を持っているというような設定である。その仏像らしき演技者が歌い手の声や抑揚に反応して腕を動かし、その腕の動きに対応して音が鳴るという仕掛けである(図4)。

(図4)