11月3日(土)午後3時からのアクロス福岡シンフォニーホールでの、九州交響楽団第371回定期公演において上演されるマスカーニ作曲『カヴァレリア・ルスティカーナ』の聴きどころを紹介する。私は九響プレイベント「目からウロコ!?のクラシック講座」の担当者だが、このブログの記事は講座で話したことを中心にまったく個人的な視点で書いている。したがって内容に関する一切の責任は執筆者にある。
指揮 はイタリアの若手で、「トスカニーニと再来」と私が信じているアンドレア・バッティストーニ 。『カヴァレリア・ルスティカーナ』を歌う歌手陣はメゾ・ソプラノ(サントゥッツァ) 中島郁子、メゾ・ソプラノ(ローラ)富岡明子、アルト(ルチア)与田朝子 、テノール(トゥリッドゥ)福井敬、バリトン(アルフィオ)成田博之。合唱は九響合唱団。
本稿では以下の項目について解説する。譜例はクリックすると拡大表示される。
- 作曲家マスカーニ
- ヴェリズモ・オペラ
- 『カヴァレリア・ルスティカーナ』の概要
- 登場人物
- 物語の骨格
- オペラとしての構造・聴きどころ
1.作曲家マスカーニ
ピエトロ・マスカーニは1863年にリヴォルノ(フレンツェを州都するトスカーナ州の港湾都市)に生まれ、1945年にローマで死去。生地の音楽学校で学んだ後、ミラノ音楽院にて作曲家ポンキエッリ(「時の踊り」で有名な歌劇『ジョコンダ』の作曲者)に師事。音楽院ではプッチーニ(1858-1924)の同窓である。卒業前に音楽院を飛び出し、地方の音楽学校などで教えながら作曲を続ける。1890年に音楽出版社によって催された一幕オペラの作曲コンクールに『カヴァレリア・ルスティカーナ』を作曲して応募し、それが優勝し、さらに初演に続く一連の公演が大成功することでイタリアのオペラ史に名を残すことになった。ちなみにプッチーニはその前年のコンクールに応募したが落選。レオンカバッロはマスカーニの成功に刺激されて翌年のコンクールに『道化師』を作曲して応募するが、「一幕オペラ」というコンクールの応募規定違反で賞を逃してしまう。
マスカーニは作曲家としてだけでなく指揮者としても活躍し、ファシスト党が政権を取ってからはミラノのスカラ座監督の座をねらってムッソリーニに接近した。しかしそのことによって戦後は財産を没収され、失意のうちに没する。
2.ヴェリズモ・オペラ
『カヴァレリア・ルスティカーナ』やレオンカヴァッロの『道化師』はヴェリズモ・オペラと呼ばれる。『カヴァレリア・ルスティカーナ』の原作者ジョヴァンニ・ヴェルガはイタリアにおけるリアリズム(写実主義)文芸運動の代表的な作家である。題材は庶民社会の身近な出来事で、男女の愛憎をストレートに表現している例が多い。
ヴェリズモ・オペラは19世紀中期以降にヨーロッパの音楽界を席巻したワーグナーの「楽劇」に対する反発から生まれた側面がある。神話世界に材を求めた人間世界を超越した登場人物による話ではなく、身近な人間のむき出しの欲望やそれに起因する悩みなどを描いている。まさに「昼メロ」の世界、「ワイドショー・ネタ」の世界である。人格者や知識人などはほとんど出てこない。
3.『カヴァレリア・ルスティカーナ』の概要
舞台は19世紀後半イタリアのシチリア島の地方の村である。カヴァレリア・ルスティカーナとは「田舎の騎士道」を意味するが、俗には「ご当地の習わし」の意味で用いられる。この「ご当地の習わし」は不義にまつわる恥辱を血によってそそぐことを意味する。決闘を迫られた者はそれに応じたことを相手の耳を噛むことで示す。
19世紀後半とは言え、こうした習わしはヨーロッパにおいてはシチリアのようなヨーロッパの果ての地域にしか残されていなかった。ご存じのようにシチリアはアメリカの大都市におけるマフィアの出身地である。地中海における最大の島であるシチリアは多くの民族がやってきて支配者が絶えず変わっていた。ギリシャ人、ローマ人、サラセン人、ノルマン人等々、それらに対抗するためにシチリア島民は何よりも一族の強い絆を必要とした。マフィアの集団をファミリーというが、時の政府すらも信用することなく、自治を強め、ファミリーの力で時々の問題に対処してきたのである。絆を強めるためには共同体において独自の法が存在し、その一つが「ご当地の習わし」としての「耳を噛むこと」である。
物語として演じられるのはわずか一日間のことである。この一日がキリスト教にとってもっとも大切な復活祭であることがこの物語の劇性を否が応でも高める。なにしろキリストの復活を祝うもっともおめでたい日に、主人公が決闘で死ぬのである。これほどの聖と俗、生と死、正と邪がぶつかり合う状況はあるだろうか。
4.登場人物
トゥリッドゥ(T):若い村人でワイン居酒屋を切り盛りするルチアの息子。かつてローラと恋仲であったが、彼の兵役中にそのローラが馬車屋アルフィオと結婚してしまった。
サントゥッツァ(S/Ms):若い村娘。兵役から帰ったトゥリッドゥがローラを失った苦しみから逃れるために恋の炎を燃やした対象。トゥリッドゥの許嫁である。
ローラ(Ms):馬車屋アルフィオの妻。元恋人のトゥッリドゥがサントゥツァと婚約したのを知って嫉妬し、夫の目を盗んでトゥリッドゥと関係を持つ。
アルフィオ(Br):ローラの夫。羽振りのよい馬車屋で、村の顔役である(馬車屋は資金を必要とする運送業であり、他所をあちこち巡り歩けるのであこがれの職業)。
ルチア(A):酒場の女主人、トゥリドゥの母。息子に甘い。
村人(混声合唱)
5.物語の骨格
登場人物紹介の折にもある程度触れてはいるが、時系列に沿って物語の骨格を登場人物の状況や行動(出来事)に触れることで以下に示す。
- トゥリッドゥとローラは恋仲である。
- ローラは馬車屋アルフィオと結婚する。なぜならばトゥリッドゥが兵役で長く村を離れてしまっていたから。
- 兵役から戻ったトゥリッドゥはサントゥッツァと関係を結ぶ。なぜならばローラを失った心の傷を癒すために。
- ローラは再びトゥリッドゥと縒りを戻す。なぜならばサントゥッツァの幸せを妬んだから。もちろんそれはアルフィオの目を盗む不倫である。
- 復活祭の早朝、出張帰りのアルフィオは自宅近くでトゥリッドゥの姿を目にする。なぜならば寸前までトゥリッドゥはアルフィオの留守をよいことにローラと愛し合っていたから。
- 復活祭の朝、華やぐ村の中で暗い顔をしてサントゥッツァはトゥリッドゥの行方をルチアに尋ねる。
- ルチアの店に現れたアルフィオはトゥリッドゥを自分の家の近くで見たと告げる。(サントゥツァもルチアと共にそれを聴いている。)
- サントゥッツァは夕べから朝にかけてどこにいたかとトゥリッドゥを問い詰める。トゥリッドゥはしらを切るが、サントゥツァは納得しない。そこへローラが現れる。
- サントゥツァはローラに嫌みを言う。ローラも平然としてその嫌みを受けて返す。トゥリッドゥのローラを見る目も彼が彼女を愛していることを示す。
- 絶望したサントゥッツァはアルフィオにトゥリッドゥとローラの不倫の事実を告げる。アルフィオは激怒して復讐を誓う。
- アルフィオはトゥリッドゥに決闘を告げる。トゥリッドゥはアルフィオの耳を噛むことで決闘を受ける。死を覚悟したトゥリッドゥはルチアに別れを告げ、サントゥッツァのことを託す。
- サントゥツァはルチアと共に「トゥリッドゥが殺された」という村人の叫びを聞く。
以上の物語の骨格は出来事を時系列で示したものだ。番号は便宜上つけたものでスコア等に記載されたものではない。12の出来事のうち、オペラでは6.から12.までの出来事が舞台で展開される。1.から5.までの出来事はオペラ開始時点はすでに起こったことである。
主人公はトゥリッドゥのように見える。その死で物語が終わるからである。しかし物語を動かしていくのはサントゥッツァである。特にサントゥツァのリアクションとしての激情が物語進行のためのトリガーになっている。
6.オペラとしての構成・聴きどころ
一幕オペラである。それが展開される舞台は台本によると次のようになる。場所はシチリアのある田舎。舞台の奥の上手には教会があり,その扉は開くようになっている。下手にはルチアの居酒屋があり、その前が広場になっている。
オペラの構成に従って聴きどころを紹介する。番号は「名作オペラブックス27」(音楽之友社刊、1989、pp.27-47)に従っている。演奏例として挙げたのはゼフィレッリの演出、プレートルの指揮、ドミンゴのトゥリッドゥ、オブラスツォワのサントゥツァによる1981年制作のオペラ映画のYoutube。譜例の後の時間表記(0:00:00)はこのYoutubeの該当箇所である。
CAVALLERIA RUSTICANA Film 1981 Zeffirelli
https://www.youtube.com/watch?v=arqnoxvtzZ4
このもとになっているDVDは探せば購入可能である。DVDには日本語の字幕がついている。
① 前奏曲とシチリアーナ(幕は下りたまま)
復活祭の夜明け間近から徐々に周囲が明るくなって日が昇りきるまでの様子が前奏曲として奏される。ゆったりとした美しい旋律がいくつか登場し展開する。やがてトゥリッドゥがローラを讃えるシチリアーノ「おお、ローラ、ミルクのような純白のドレス」を歌う(譜例1/0:02:40)。「お前の家の中に入れば血を見るのは明らかだ。でも俺は殺されたってかまやしない」とまるで行く末を暗示するように歌う。その言葉を受けて音楽は盛り上がる。
② 導入の合唱(村人)
教会の鐘の鳴り響く中を幕が上がる。朝の広場に村人が集まってくる。鐘の音に導かれて3拍子のワルツ風の旋律(譜例2/0:07:15)が現れ、復活祭を迎える村人の喜びを象徴する。合唱が信仰がもたらす恵みへの感謝を歌う。
③ シェーナ(サントゥッツァ、ルチア)、アルフィオの登場(アルフィオ、村人)
トゥリッドゥの様子に不信を抱くサントゥッツァが沈痛な表情で歩いている(譜例3/0:13:37)。ルチアに会い、トゥリッドゥの居場所を尋ねる。ルチアは迷惑そうな表情を示す。そこへアルフィオが村人の歓声を受けて登場(0:17:50)。
譜例3/0:13:37
④ シェーナ(アルフィオ、ルチア、サントゥッツァ)、祈り
アルフィオはルチアの居酒屋に顔を出し、ルチアとの雑談の中で自分の家近くでトゥリッドゥを見たと証言する。本来ならトゥリッドゥはルチアの依頼を受けて遠くまでワインを仕入れに行っているはずだった。ルチアの驚きを打ち消すように教会から聖歌が聞こえてきて(0:21:30)、村人がそれに和して教会に向かって歩く。外から聞こえてくる聖歌を聞いてサントゥッツァも救いを求めて歌い始める(0:23:46)
⑤ ロマンツァ、シェーナ(サントゥッツァ、ルチア)
二人きりになってサントゥツァの思いは抑えきれなくなり(0:27:50)、激情にかられて彼女はルチアにトゥリッドゥとローラの不倫関係を訴え始める(譜例4/0:28:15)。ルチアは事実を知り、かろうじて祝福の言葉をサントゥッツァに投げかけて教会に向かう。
⑥a シェーナ(サントゥツァ、トゥリドゥ)
ルチアの居酒屋に一人残るサントゥッツァ。そこでトゥリッドゥが入ってきて「教会に行かないのか」と問い、サントゥッツァは「ここであなたを待っていた」と答える。ローラとの関係をきびしく問い質すことで激しい口論になる。「気をつけてものを言え、サントゥッツァ、俺はお前のくだらない嫉妬の奴隷じゃないんだぞ」の台詞の感情の高まりを示す旋律は印象に残る(譜例5/0:36:00)。
⑥b ストルネッロ(ローラ、サントゥッツァ、トゥリッドゥ)
その口論の最中にローラが民謡(譜例6/00:37:03)を口ずさみながら現れ、二人に挨拶する。サントゥツァはローラに嫌みを言う。ローラも平然としてその嫌みを受けて返す。トゥリッドゥのローラを見る目も彼が彼女に惹かれていることを示している。
⑥c 二重唱(サントゥッツァ、トゥリッドゥ)
サントゥッツァは嫉妬に駆られてトゥリッドゥと口論を交わす。サントゥッツァは自分の思いを切々と訴える(譜例7/0:40:18)。次第に激しくなって同一の旋律を二人がそれぞれに別の台詞で歌って感情をぶつけ合う。ローラの後を追いかけて教会に向かうトゥリッドゥに向かって「あんたには復活祭が厄日になればいいんだ、裏切者」と叫んで打ちのめされたように倒れ、苦しみもだえる。なお、譜例7の主題は「① 前奏曲とシチリアーナ」の後半(0:05:31)においてすでに出現している。
⑥d 二重唱(サントゥッツァ、アルフィオ)
そこへ遅れて教会に向かうアルフィオが通りかかる。感情の整理がつかないサントゥッツァはトゥリッドゥとローラの不倫関係をアルフィオにぶちまける。アルフィオは不倫の二人に激怒、復讐の決意を激情のままに歌う(譜例8/0:48:42)。
⑦ 間奏曲
村人たちは教会にいる。前の音楽の緊迫した雰囲気の対比としてゆったりとしたとても美しい音楽である(0:50:11)。これだけを管弦楽小品として演奏されることも多い。つかの間の静けさであり、この平静さこそがこの後の悲劇的結末を盛り上げる。
⑧ シェーナ、合唱、乾杯の歌(トゥリッドゥ、ローラ、村人)
教会から村人が出てくる。トゥリッドゥはローラを乾杯に誘う。人々は陽気に乾杯を始める。トゥリッドゥも表面的にはきわめて陽気に振る舞い「乾杯の歌」を歌う(0:56:35)。
⑨a フィナーレ(アルフィオ、トゥリドゥ)
遅れて登場したアルフィオもそこに参加する(0:58:51)。あきらかに腹に一物ある雰囲気。トゥリッドゥからの酒を「あんたの酒は受け入れられないよ、腹に入ると毒になるからな」と言って断る。それは決闘の申し入れの意思表明でもある。トゥリドゥはアルフィオの耳を噛んで決闘の申しれを受け入れる。
⑨b フィナーレ(トゥリドゥ、ルチア、サントゥッツァ)
決闘の場に行く前にトゥリッドゥはルチアのもとに行き、泣きながら別れを告げる。「母さん、この酒はよい酒だね」(1:03:58)。そしてサントゥッツァを自分の妻として扱うように懇願する。トゥリッドゥは決闘で勝ち目がないことを知っている。最初から殺されるつもりだったのである。やがて「トゥリドゥが殺された」の叫び声が上がって悲劇的に幕を閉じる。
- 投稿タグ
- オペラ, アクロス福岡, 九州交響楽団, マスカーニ『カヴァレリア・ルスティカーナ』