中村滋延作曲 電子音響音楽『不思議な森のアリス』 →youtube
Alice in the Mysterious Woods Electroacoustic music by Shigenobu Nakamura
基本情報
2016年8月,猛暑のさなか,大阪府高槻市の自宅スタジオで制作。音楽制作にはMacBookPro上のQubaseを用い,素材の音作りにはMaxMSPを活用した。同年9月10日(土),愛知県立芸術大学室内楽ホールでの「スピーカー・フォレスト〜檜垣智也アクースモニウム・コンサート」(- 森羅- 愛知県立芸術大学創立50周年記念イベント)のために作曲。
テーマとモチーフ
この曲はルイス・キャロルが書いた『不思議の国のアリス』にインスパイヤされてつくった電子音響音楽である。その物語構成を音楽構成に応用し,その物語が象徴する内容やイメージを音によって表現しようと試みたものである。
物語では主人公アリスが昼間に川原で寝入ってからから醒めるまでの夢の内容が描かれている。夢の中の話なので奇妙な出来事が次々と起こる。曲は奇妙な出来事そのものの象徴的表現を含み,出来事に対するアリスの反応や,さらにそうした出来事の夢を見ることになったアリスの深層心理などを想像し、それらが音で表現されている。
構 成
音楽構成は物語構成に従って7部分から成る。構成は原作通りという訳ではなく,音楽構成を優先させるためにいくつかのエピソードを省き,細部も変化させている。ただし,奇妙な白ウサギを追いかけて穴の中に落ちて,そこでいろいろな経験をし,最後にハートの女王やトランプの兵隊に追いかけられほうほうの体で穴から脱出する(=夢から醒める)という物語の骨子は押さえている。以下,物語を音楽構成に沿って解説するが,文章は音楽の進行をそのまま描写しているわけではない。解説文中の英文は作品の中に台詞として引用され実際に聴くことができる。
第1部(0:00 -)「アリス,奇妙なウサギを見る」
アリスは,昼間の土手の大きな木の下で本を読む姉の横で退屈していて,うつらうつら。そこに洋服姿の白ウサギが“Oh dear! Oh dear! I am late! I am late again!”とつぶやき,時計を見ながら走って行くのに気づく。アリスは白ウサギを追いかける。白ウサギは穴の中に姿を隠してしまう。アリスも続いて穴の中に入る。
第2部(1:05 -)「アリス,穴の底に着く」
アリスは穴の中をどんどん落ちていき、やっと底に着地。穴の底には部屋がある。その部屋にはとても小さいドアがあり,そのドアのむこうには美しい庭園がある。しかしドアが小さすぎてむこうに行くことはできない。アリスが机の上のドリンクを飲むと,一気に小さくなってしまう。アリスは驚いて叫ぶ “I am shrinking! What a curious feeling!” 。
第3部(2:35 -)「アリス,涙の池を泳ぐ」
小さくなりすぎてしまったアリスはドアの鍵に手が届かない。クッキーを食べると今度は大きくなりすぎで身動きがとれない。それが悲しくて泣くと,流した涙で池が出来てしまう。涙の池にはいろいろな小動物が泳いでいる。ふたたび小さくなったアリスはおぼれそうになる。ネズミが“Do you wish to cross the river? Catch my tail and I will take you!”と声をかけ,アリスを岸まで連れて行く。そこで動物たちと一緒に体を乾かす。
第4部(4:05 -)「アリス,森の中を歩く」
アリスは森の中を歩く。途中でイモムシから“Eat this mushroom my dear!”とキノコをたべて体の大きさを変える方法を教えられる。さらに森の中を歩き,出会ったチャシャ猫に“Can you tell me how do I get out of here?”と尋ねると,“Go to the Mad Hatter and March Hare!”との答え。マッドハッターからは“Would you like to join us?”と奇妙なお茶会への参加を勧められる。混乱した茶会を抜け出て,その後も歩き続けると最初に見た広間に着き,隣の美しい庭園にも行くことができる。
第5部(5:40 -)「アリス,クロケーで遊ぶ」
庭園はじつに美しい。そこには庭師とハートの女王と部下のトランプの兵隊たちがいる。アリスは女王からクロケー遊びを命じられる。クロケー遊びの途中に目にした女王の王冠をアリスが勝手にさわったことで女王は“What??? How dare you touch the royal crown. Soldiers! Arrest her at once!”と怒り出す。
第6部(7:10 -)「アリス,裁判に出席する」
捕まったアリスは女王主催の裁判に出席を強要される。これまでの登場人物が次々と登場し,それぞれが勝手な主張をする。アリスは何も見ていないし知らないと主張する。兵隊たちまでもが勝手なことを言い出したので,「トランプのくせに」と言ってしまったアリスは兵隊たちに “Catch her, she is running away!” と追いかけられ、必死に逃げる。
第7部(8:50 – 10:30)「アリス,夢から醒める」
トランプにつかまる瞬間にアリスは夢から醒める。アリスは奇妙な感覚にとらわれ,“Oh what a strange dream I just had!”とため息をもらす。
台詞以外の音素材
英語の台詞以外の音素材としては,物音や環境音,電子音,私の過去の器楽作品の断片などを用いている。
物音や環境音は主にこれまでに私が撮り貯めしたものを用いている。物音や環境音は音楽的な外形よりも具体音としての意味を前面に出している。時に加えている電子的変調はその意味を強化させるためのものだ。
電子音は私のこれまでの電子音響音楽からの断片を主に使用している。これは引用でもないし,単なる再利用でもない。私は自身が過去に作成した電子音響を言わば音の絵具箱に分類整理しており,それらを素材音源として新たな視点で扱うことが私にとっての電子音響音楽のCompositionの根幹をなすのである。
私の過去の器楽作品の断片は音楽の外形(速度,音強,密度,音域,音色,音響テクスチュアなど)に焦点をあてた音楽的効果の面から使用されている。各部分に用いられた音楽は以下の通りである。
第1部: 独奏フルートと電子音響・映像のための《ナーガの夢》(2001年作曲)から音響処理されたフルート独奏パート
第2部:弦楽四重奏のための《Relief》(1975年作曲)から序奏部につづく部分,及びピアノ三重奏曲《Turning Points》(2005年作曲)の第2楽章の終結部分
第3部:Qubieによる《ラーマヤナ》(2010年作曲)から冒頭部分の複数のヴァージョン
第4部:独奏ヴァイオリンとコンピュータ音響による《Emotion》(2008年作曲)から第6楽章及び第7楽章の電子音響パート
第5部:独奏ヴァイオリンとコンピュータ音響による《Emotion》(2008年作曲)から第2楽章の電子音響パート,及び弦楽四重奏のための《Relief》(1975年作曲)から中間部分
第6部:ソプラノと管弦楽のための《六つの悲歌》(2011年作曲)から第1楽章冒頭,及び弦楽四重奏のための《Relief》(1975年作曲)から終結部分
第7部:弦楽四重奏のための《Sorrowful Island》(2010年作曲)からAndante Drolosoの部分