(西日本新聞4月5日「風車」欄)
NHKの特集番組などで「現代のベートーヴェン」と派手に持ち上げられた作曲家の嘘が露見した。私はこの贋ベートーヴェンを当初から嘘っぽく感じていた。後付けと言われないためにその理由を述べてみたい。
贋ベートーヴェンは自分に降りてくる音を待ち、それを絶対音感によって書き留めて作曲するという。作曲はそういう作業ではない。ベートーヴェンのスケッチ帳を見てもわかるように、五線譜に音符を「書いては消し」を繰り返しながら、つまり推敲(=思考)することで仕上げていく。そのためには推敲を可能にする技術や経験が必要だ。ところが贋ベートーヴェンがどのように技術を鍛え経験を積んできたかについては少なくとも報道で証されることはなかったように思う。
また贋ベートーヴェンがリハーサルに立ち会う様子も紹介されることはなかった。作曲は楽譜を書き終えることで完了するのではない。演奏を介してはじめて作品を世に問うことができる。そのため、リハーサルに立ち会い、奏者に表現意図を伝え細かい注文を出すのは必須である。本物のベートーヴェンは耳が聞こえなくともリハーサルに立ち会い、意図を伝える努力をした。
今回の件の報道を見て感じるのは「作曲」という仕事に対する誤解であり偏見である。それらが嘘を助長していった。作曲及び作曲家についての最低限の認識さえあれば、今回の騒動は早い時点で回避できたかも知れない。しかし作曲家である私とて、その報道の渦中に疑問の一石を投じることができなかった。この後の教訓としたい。
(この記事、「楽人」とうペンネームで掲載されています。)