ともに春秋社から出ている渡辺裕(音楽学者/東京大学教授)の本を2冊立て続けに読んだ。
『考える耳』(春秋社,2007)は毎日新聞に月1回連載されていて,毎回興味深く読んでいた。音楽に関することをモチーフに政治や経済,芸能など,世の中に関する様々なことについて考察している。音楽が日々の生活から切り離されて虚空に存在しているわけではないので,当たり前と言えば当たり前なのだが,こうしたことはこれまであまりにも少なかった。こうした視点で考察されると,音楽に関する常識的な価値観が覆されることが多々あり,まさに「目からウロコ」の連続。本来の伝統と思っていることが人為的につくられたものであったり,著作権が文化を逼迫させかねない可能性を持っていたり,などを知的で押さえた語り口で述べられていて,納得することがばかりであった。
『日本文化モダン・ラプソディ』(春秋社,2002)は西洋音楽到来以来の「日本音楽史」の一種として読んだ。ただし,それは,いわゆる「邦楽」的日本音楽史でもないし,西洋音楽受容史でもない。西洋音楽の影響を受け,西洋世界の芸術観や文化観にも影響され,その中で独自の日本の音楽文化を創成しようとした一連の活動を紹介し論じたものである。私には知らないことばかりであった。この本のユニークさは,渡辺が東京中心の視点を離れてものを見ている点である。大阪において,また宝塚歌劇において,今日の我々が失ってしまった,あるいは気付くこともしなかった視点で音楽文化創成がはかられていたことが多くの資料とともに語られる。残念ながら政治的経済的要因で東京中心が強まって,そうした大阪での活動が弱まり,宝塚歌劇の変質があったりしたわけである。「たられば」を言っても詮ないが,東京中心が強まっていなければ,今とは異なった音楽文化を日本が持ち得たかも知れない。詮ないけれども,しかし,こうした想像は,じつは今後の音楽文化創成についてのアイデアや行動を刺激してくれるものなのである。