2007年9月22日・23日の両日、東京・横浜・名古屋・大阪の商業施設の音演出の実態を駆け足で見て回った。

(1)表参道ヒルズ

表参道ヒルズは2006年に完成した地下3階地上3階の商業施設で、おしゃれな店やレストランがいっぱい入っている。安藤忠雄設計の建物で、アート的な視点を入れて照明や音をデザインすることで、従来の商業施設の枠から抜け出している。音のデザインは、サウンド・スペース・コンポーザーを名乗る井出祐昭による。

音演出の特徴は、指向性のスピーカを利用して場所によって聞こえてくる音が明らかに異なる点にある。中央吹き抜け部分の最下部(地下2階から3階までのなだらかな幅広い階段)のところに高さ3メートルの柱状のスピーカが10数本設置されており、そこから異なる音が出ている。また、天井には向きを変えるスピーカが吊り下げられていて、一所にいても聞こえる音が変わるようになっている。

音はメディアに固定されたものがそのまま鳴らされるのではなく、その日の天気具合などをコンピュータが解析し、それを音生成のデータにしたものが鳴らされる。つまり周りの環境を反映した音が鳴ることになる。これも特徴の一つである。  音はいわゆるアンビエント・ミュージック風であり、いわゆるシンセサイザー的な音と、水や鳥の声を録音した音を素材としている。アンビエント・ミュージック風であるから、はじまりも終わりもない。ただ鳴っているだけである。音については好みが分かれるところだろう。なぜここで鳥の音なのか、水の音なのか、私には終始違和感がつきまとった。いわゆるアンビエント・ミュージック風というのも、「安易」という思いが正直言ってつきまとった。音を単に重ねているだけという印象で、はっきり言って「うるさい」。  ただし、日本の商業施設で本格的に音演出を考えた非常にまれな例であり、なによりも各店舗からの個別の音を抑制していただけでも音演出についての意識の高さは評価できる。  また時報を音演出の中に組み込んで鳴らしていたことも評価できる。つまりこれ見よがしに時報として鳴らしていなかった点、つまり控えめであり、かつ特徴的な音として鳴らしていたのがよかった。

(2)六本木ヒルズ

六本木ヒルズの商業施設は音演出についてほとんど考慮されていない。各店舗が個別に音を出しているし、ヒルズ内の公共空間でもいわゆるポップスのようなものをBGMとして鳴らしているだけである。音量が控えめであったことはまだ許せるが、人間が発する(おしゃべりも含めた)あらゆる雑音を覆い隠す機能として音を鳴らしているだけである。  それにしても地下鉄の六本木駅からヒルズに向かう長いエスカレータを覆うドームの音楽はうるさい。これはドーム内の巨大スクリーンの映像に同期して鳴っているのであるが、これは宣伝のための主張を目的としており、鳴らしているものは人の迷惑を全く考えていないのであるから論外である。

(3)東京ミッドタウン  

2007年に出来たばかりの東京ミッドタウン、その中で多くの店舗が入っているミッドタウンウェストの商業施設もその音演出についてほとんど考慮されていない。音演出については各店舗がそれぞれ勝手に音楽をBGMとして流しているだけである。建物内の公共空間への音演出は特になかったように感じる。  この建物は真ん中に大きな吹き抜けがあり、そのために空間がたっぷりあり、非常にリッチな感じがする。大きな吹き抜けがあるということは遮音するものがないことを意味し、あたかも体育館のように建物全体の音が混じりあって聞こえ、かなりうるさく感じられる。特に固い床のところが多く、足音が響く。

(4)横浜ベイシェラトンホテル&タワーズ

横浜駅前の横浜ベイシェラトンホテル&タワーズのホテル施設と駅西口を結ぶデッキの2階レストランカフェ前の小広場に高さ4.5mほどの動くオブジェがある。このオブジェは6分ごとに30秒間ほど動き、少しずつ形を変える。その動きに同期して、その空間全体をつつむ音楽が鳴るという音演出がそこに施されている。  これまで閉じられた建物空間の音を聞いていただけに、こうした開け放たれた空間は、本来自動車の音とかが耳に飛び込んでくるはずなのに、ほとんど雑音を意識することがなかった。そこに6分ごとに30秒程の音楽が鳴るのだが、開け放たれた空間だけに音が十分に聞こえず、その時に外部の雑音を意識するという皮肉な結果になった。  音楽はいわゆるシンセサイザー的な音を素材とした軽い感じの音楽である。動きに合っているといえば合っていたが、その分、当たり前すぎてオブジェが動くということさえも何の驚きももたらさない。

(5)名古屋栄、オアシス21  

オアシス21は名古屋栄のテレビ塔前の広場に出来た商業観光公共施設である。愛知芸術文化センターの入り口的役割も持っている。吹き抜けの地下広場の真上に大きな透明の天井があり、そこには水が溜められており、その周りを歩道があり歩くことが出来る。宇宙船をイメージしたなんともユニークな建物である。  2階に愛知芸術文化センターに通じる芝生広場があり、そこに「風のオルガン」という音演出装置が設置されている。高さ3メートルほどの円柱が10本ほど立っている。その円柱の下部のあたりにスピーカが設置されており、そこから音楽が流れている。これもいかにもアンビエント・ミュージック風であり、いわゆるシンセサイザー的な音が5音音階によるゆったりとしたメロディを奏でている。すべての円柱からは同じ音楽が流れているようであり、場所によって異なる音が鳴っているというわけではない。  ここの店舗はそれぞれ個別に音楽を流しており、それがけっこううるさく聞こえる。芝生広場にもその音楽が聞こえてきて、円柱のスピーカのそばに居なければ風のオルガンは聞こえない。私が訪ねた日は休日であり、たまたま地下広場のステージでイベントをやっていたせいか、その司会の声がとてつもなくうるさくて、とても風のオルガンに聞き入るようなことは出来なかった。  いずれにせよ、風のオルガン設置の意味もよく理解できず、あわせて音楽自体の意図が不明であり、これだけの施設なのにもっと工夫がないのかと、もったいない気がした。

(6)大阪西梅田ハービスエント

大阪西梅田ハービスエントはヨーロッパ風のクラシカルなイメージを「売り」にした非常にモダンな総合商業施設であり、劇場(劇団四季専用)も設置されている。ここはハードとして音演出が考えられた施設である。放送区域を細分化し、ゾーンごとに目的に合ったBGM演出が出来るようになっている。  ハードがあってもソフトがなければどうしようもなく、ただ単にところどころに別個にBGMが鳴っているというだけで、施設全体で公共的な音演出をしようという意図はまったく感じられない。音量が控えめであったことだけがかろうじて評価できるくらいである。  ここも真ん中に吹き抜けがあり、そこが上下の移動の中心で、空間的にはリッチな感じを与える。しかし音響的にはここでも建物全体の音が混じりあって聞こえ、かなりうるさく感じられた。  音演出が音響装置や音楽の問題だけでなく、建築設計の問題でもあることを痛感した。