【演奏時間】16分.【作曲】1985.8【初演】1986.2, 東京, 現代の音楽展’86(日本現代音楽協会), 山田一雄(指揮), 東京フィル ハーモニー管弦楽団
【概要】音群の性格を規定する要素として「音の運動」という概念を導入し,テンポ,リズム,音色,音域,発音数等の違いを構成の軸に据えた音楽。

【解説】この作品はポーランドの作曲家ヘンリク・グレツキ(1933-2010年)の同名の作品シリーズ(1962年)に触発されて作曲。グレツキの作品は管弦楽作品ではなく、弦楽三重奏のための作品、15人の室内管弦楽のための作品、ソプラノと金属打楽器とコントラバスのための作品の編成の異なる3作品から成るシリーズである。無駄を省いた明瞭な音群音楽的性格を示す記譜法を用いた力強い作品で、響き個々が魅力的できわめて個性的な音楽である(譜例1)。後年、たとえば交響曲第三番《悲歌のシンフォニー》などにおいて調性的要素を大胆に取り入れた作品で彼は幅広い人気を得るが、個性的で無駄を省いた構成という点では表面的な響きの差を超えてそれらは共通する。ただ無駄を省いた構成についてはうっかりその影響を受けてしまうと模倣の跡が浮き出てしまうので、そうはならないようには注意した。

(譜例1, Grecki:Genesis III)

 タイトルのジェネシスとは「創世記」のことであるが、聖書とは無関係に、原義の「始原」「発生」から得たイメージが発想の原点である。旋律主題やリズム主題などよりもそれ以前の未分化な音響を想像することから作曲を始めた。作曲の初期段階は五線紙に音符を書くことではなく、音響のイメージ図を白紙の上に自由に書き始め、イメージ図の完成を待って、五線楽譜に置き直していった。ただし通常の五線記譜法はそれ自身が育てた伝統的な音楽思考の磁力が強くてうっかりすると因襲的楽句を書いてしまいがちになる。そこで通常の五線記譜法を離れ、記譜法自体を新しく発案した。(譜例2)

(譜例2, Nakamura:Genesis)

 曲全体は聴取の過程ではっきりと区分可能なAからNまでの14部分からなる。Aでは持続的な音響の提示が続く。Bでは様々な楽器による旋律的断片が浮かんでは消える。Cでは持続的な弦群の音響提示に最初は木管楽器群による旋律断片の集合が、ついで金管楽器群による旋律断片の集合が絡む。その後に急激な盛り上がりを見せ、Dでは金管楽器のフラッターツンゲの咆哮が支配する。Eではヴァイオリンのソロ群が細かい音型による繊細な肌理のカオスを形成する。Fでは木管楽器にソロの集合が音色の変化に満ちたカオスを形成する。Gでは弦楽器群が静かな「響きの絨毯」(Klangteppich)を形成する。Hではその響きの絨毯の上に金管楽器の息音、木管楽器の特殊奏法による音高特定困難な音群が響きの絨毯に重なっていく。Iでは強度と密度の面では頂点を形成し、細かい音型の集合がカオス的音響を構成する(譜例3、p12)。Jでは古典的な管弦楽とは異質な打楽器やハープやコントラバスのピッチカートなどの音が散らばる。Kでは高音域での表情豊かな二重奏が展開される。Lの前半では全楽器が強奏で細かい音群による響きの絨毯を形成する。Mでは混合した音色による重音持続音が様々に重なり合う。Nでは作品冒頭の雰囲気が再現し曲は「閉じる」。