ES-17
《魔王の涙》コントラバスとピアノのための音詩 
Tears of the Ogre King Tone Poem for Double-Bass and Piano

  • 【演奏時間】10分【作曲】2010.5【初演予定】2017年11月25日、福岡キリスト教会館、森田良平コントラバスリサイタル2017

タイトルについて

21世紀に入ってから作曲した私の作品の大半はインド起源の叙事詩「ラーマヤナ」に想を得ている。この曲もそうである。

魔王とはラーマヤナにおける最大の敵役、ラーヴァナのことである。10の顔と20本の手を持つとされる怪物で、インド中を荒らしまわる。ランカ島に巨大な城を築き、そこの後宮にインド中から攫ってきた美女を住まわせていた。

主人公ラーマの妻シータも魔王ラーヴァナに攫われ、ランカ島に幽閉される。ラーマはシータを救うためにランカ島に攻め入り、激しい戦いの末、ラーヴァナを打ち破りシータを救い出す。

この曲ではラーマヤナにおけるラーマの敵役ラーヴァナに焦点をあて、特にラーマに打ち破られるラーヴァナの最期の悲しみを描いている。シータからは徹底的に嫌われ拒まれ、身内の裏切りにもあい、息子や弟を亡くし、これまで一度も戦いに敗れたことがなかったラーヴァナが徐々に追い込まれていき、最期はラーマの一撃によって倒れる。

「音詩」は物語にインスパイヤされて音楽だが、プログラム(筋書き)に従ってはおらず、いわゆる標題音楽ではない。この曲では滅びゆくラーヴァナの心情に音楽的発想を求めているだけである。したがって聴き手はラーヴァナの悲しみに作曲者が想を得たということさえ心に留めておきさえすればよく、音による物語として音楽を理解する必要はない。

ただし、聴き手自らが物語を紡ぎつつ聴くことを作曲者はまったく否定しない。

作曲の契機

2008〜10年頃、九州交響楽団コントラバス奏者の吉浦勝喜さんが海外や東京からコントラバス奏者を福岡に呼んでコントラバスの演奏会を福岡で何度か主催された。吉浦さんが中心奏者として演奏されたコントラバスによる小編成室内楽の数々が非常に興味深かった。スイスから参加された石川滋さんのコントラバス独奏もコントラバス自体の表現力に目を開かせてくれた。またこの頃に九響の首席コントラバス奏者の深澤功さん演奏のコントラバス曲ばかりを集めたCDを聴き、旋律楽器としてのコントラバスの魅力に気付いた。

以上のことが刺激になり、初演のアテもないままに、毎日少しづつ作曲していった。吉浦さんにはコントラバスの楽器としての表現可能性についてくわしく教えていただいた。

構成について

一楽章制の楽曲である。以下の10部分から成る。

  • 第1部 冒頭+練習番号 2
  • 第2部 練習番号 3
  • 第3部 練習番号 4 + 5 + 6
  • 第4部 練習番号 7 + 8 + 9 + 10
  • 第5部 練習番号 11 + 12 + 13 + 14
  • 第6部 練習番号 15 + 16 + 17 + 18 + 19
  • 第7部 練習番号 20 + 21 + 22 + 23 + 24 + 25
  • 第8部 練習番号 26 + 27 + 28 + 29
  • 第9部 練習番号 30 + 31 + 32 + 33 + 34
  • 第10部 練習番号 35 + 36 + 37
  • 第11部 練習番号 38 + 39

聴覚だけでは10部分を認識することは困難である。しかしそれらを4つの集合にまとめることは聴覚だけで可能である。それらの集合は四楽章制楽曲の第一楽章(中庸)、第二楽章(急)、第三楽章(緩)、第四楽章(急)として捉えることができる。

第1部から第3部(第一楽章に相当)

再現部が削除されたソナタ形式。

第1部冒頭に出現する主題A(譜例1)は嬰ハ短調に基づいている。冒頭のgis → cisの完全4度上行の音型はこの曲全体を統一する「原モチーフ」である。またこのモチーフを形成するリズムもこの部分の特徴をなす。劇的な表情を見せる。

 譜例1

第2部になって出現する主題B(譜例2)はホ長調に基づいている。第一主題と異なり穏やかな表情を見せる。

 譜例2

第3部では主題Aが再現され展開される。

第4部から第6部(第二楽章に相当)

スケルツォ楽章としての性格を示す。三部形式。テンポは速ければ速いほどよい。

第4部はピアノの軽快なオスティナート伴奏の上にコントラバスがピッチカートによる主題C(譜例3)を奏でる。

 譜例3

第5部はピアノが主導的に主題D(譜例4)を展開する。コントラバスはハーモニックス奏法でピアノによる音楽に彩りを与える。

 譜例4

第6部はピアノのポリフォニックな伴奏の上にコントラバスが主題Aの変奏をピッチカートで奏でる。

第7部(第三楽章に相当)

緩徐楽章としての性格を示す。変奏曲形式

「原モチーフ」に基づいた劇的表情に満ちた序奏(譜例5)の後に、単純なリズムのモチーフによる平静的表情の主題Eが現れる。しかしこの主題はすぐに劇的表情を加えて加えて展開される(譜例6)。

 譜例5

 譜例6

第8部から第11部(第四楽章に相当)

急速なロンド的終楽章としての性格を示す。三部形式。

第8部は軽快なリズミカルな主題F(譜例7)に基づく音楽。

 譜例7

第9部ではピアノの分散和音音型の反復の上にコントラバスのハーモニックスの持続音が絡む(譜例8)。

 譜例8

第10部では主題Fの変奏を伴った再現。

第11部はこの曲冒頭の主題Aに基づく音楽であり、調は異なるものの、曲冒頭第1部の「思い出」の効果をもたらし、曲全体のまとまりを示す。

調性、ヘテロフォニー

この作品は旋律の骨格を調性的音感に基づいて形成している。上記の説明に調性名を用いているが、旋律だけを取り出せばその調に聞こえると言うことで、調性的、機能和声的な進行に基づくものではない。

主旋律を水平的にも垂直的にもヘテロフォニー的に彩るという観点で音選びを行っている。

ヘテロフォニーとは音楽のテクスチュアの一種で、モノフォニーの複雑化したものである。 この曲の場合は、コントラバスとピアノ(それ自体、複声部から成る)は同一の旋律を奏でる際に、様々なズレを伴い偶発的に瞬間的なポリフォニーを生じさせている。和音は旋律を構成する音が途中で進行を止め、そのまま持続するということで形成される。

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