作曲者・作品名
カール・ニールセン
《交響曲第4番「不滅」》作品29
作曲年
1916年
初演
1916年2 月1日、コペンハーゲン、作曲者指揮、
演奏時間
35〜40分
楽器編成
3フルート(うちひとつはピッコロ持ち替え)、3オーボエ、3クラリネット、3ファゴット、1コントラファゴット、4ホルン、3トランペット、2テナー・トロンボーン、1バス・トロンボーン、1チューバ、2ティンパニ(2奏者)、弦5部
ニールセンについて
デンマークの作曲家カール・ニールセン(Carl Nielsen、1865-1931)は同じ北欧の同年生まれの作曲家シベリウス(スェーデン系フィンランド人)に較べると日本ではまだなじみが薄い。ニールセンはデンマーク第三の都市オーデンセ近郊の村でペンキ職人の子供として育ち、兄弟も多く、貧しくて正規の音楽教育を受ける環境にはなかった。ピアノをはじめて目にしたのは(触れたのではない)6〜7歳の時という。しかし父親が村の楽団の有力な一員として結婚式などで様々な楽器をよく演奏していたため、早くから音楽に親しみ、彼自身も村の楽団で様々な楽器を弾くようになった。それも単にたのしみのためというよりも、生活のための収入稼ぎのためでもあった。そのうちに作曲も実地に試みるようになった。母親は優しい人で、子供に十分に愛情をそそぎ、歌が好きで、それも正確な音程で歌うことができた人だった
長じて世話する人があり、コペンハーゲンの音楽院で学ぶことができるようになった。当初希望していたヴァイオリンではなく、むしろ作曲の才能を評価されて作曲科での入学となった。卒業後に本格的に作曲活動を開始した。デンマーク政府から様々な奨学金を取り、ヨーロッパ各地で見聞を広めていた。パリ滞在中に知り合った同郷の彫刻家のアンネ・マリー・ブローデルセンと結婚し、すぐれた芸術家カップルとして当時のデンマークでは話題の夫婦であったようだ。やがてはコペンハーゲンの王立劇場の音楽監督を務めたりして、徐々にデンマークを代表する作曲として内外で知られるようになった。
交響曲を6曲、協奏曲3曲、歌劇『仮面舞踏会』他、管弦楽曲や室内楽曲、合唱曲など数多くの作品を書いている。これまでなじみがなかったのが不思議なほど、ニールセンには魅力的な作品が多い。特に管弦楽作品に、例えば交響曲第3番、6月に京都市交響楽団が取り上げた交響曲第5番など。オペラ『仮面舞踏会』もデンマーク語ゆえに上演機会が制限されているのが残念だが、YouTubeでいくつかの断片を視聴する範囲ではじつに魅力的。いずれにせよ、これから演奏会で聴く機会がもっと増えてほしい作曲家のひとりである。
楽曲解説
交響曲第4番のタイトルは「不滅」と訳されているが、原題をそのまま訳せば「滅ぼし得ざるもの」となる(デンマーク語のDet Uudslukkeligeの英語訳のThe Inextinguishableから)。第一次世界大戦勃発を目前にした頃、ドイツの圧力にさらされた小国デンマークを象徴するタイトルである。しかしニールセンは具体的な内容よりも「生命の本質的な意思」を、そしてその端的なあらわれである「音楽」を、延いては「人間の魂」をその象徴として聴き取ってほしいと言う。
作曲者の思いの通り、魂の根源的な叫びによる劇的な表現に満ちたこの曲は単一楽章の交響曲であり、楽譜には楽章の記載はない。しかし従来の四楽章制の交響曲を明確に感じさせる。CDでは通常トラックを分けている。古典的な形式観とは同一ではないものの、部分を楽章に置き換えた以下のような形式的類似でとらえると分かりやすい。
第1楽章(アレグロ)は劇的緊張感に満ちたソナタ形式。冒頭、全楽器の強奏によって激しい第1主題が提示される(譜例1)。そこには曲全体の重要なモチーフ素材4つがすべて含まれている。もっとも重要なのがモチーフaである。これは半音下の短前打音を伴うモチーフである。このモチーフは第4楽章においても効果的に用いられる。モチーフcもaの要素が中心になって形成されている。モチーフbは分散三和音上行形。モチーフdは三連符による音階下行形。
モチーフcは推移句の中心を成して第2主題を導く。
第2主題(譜例2)は対照的になだらかな旋律線を示す。この主題は第4楽章後半、とくに終結部において重要な楽句として、劇的な相貌に変容して登場する。この楽章内においてもリズミカルな生気あふれる感じに変容して登場する(譜例3)。
第2楽章(ポコ・アレグレット)は穏やかな表情で推移する3部分形式。劇的雰囲気が支配するこの曲にあって息抜きのように平穏な瞬間が訪れる(譜例4)。金管楽器は登場せず、室内楽的な曲想で進む。
第3楽章(ポコ・アダージョ・クワジ・アンダンテ)は悲劇的表情の3部分形式。不必要な声部の絡み合いや分厚い和音の伴奏などがなく、きわめてシンプルな構造。しかしその分、主題声部や副声部、伴奏音型などの表情が明確に伝わってくる。冒頭の悲劇的表情に満ちた主題(譜例5)や中間部の同音反復を主体とした語りかけるような主題(譜例6)を際立たせるのが「合いの手」に徹した伴奏音型である。伴奏音型というとらえ方自体あやしいほど、構造としては単旋律なのである。それだけにこの単旋律が提示された後に、副旋律が付加されて絡み合った時の効果は抜群で、耳がおのずと音楽に集中する。
第4楽章(アレグロ)は躍動感あふれる音楽内容を示す変則的ロンド形式(変則ソナタ形式ととらえることも可能)。図式では、導入部—A1-B1-A2-C-A3-B2-D(Coda)、となる。導入部の弦楽器の音階進行による急速なパッセージは聴き手を惹きつける。主題Aは2種類の部分主題から成る。部分主題Aa(譜例7a)は劇的な付点音符リズムと2度下行が特徴的。部分主題Ab(譜例7b)は四分音符単位のリズムのなだらかな旋律戦が特徴的。主題B(譜例8)はフーガ的な多声部書法が特徴的で、八分音符単位の運動性に満ちた楽句がティンパニの二重奏を導入する。このティンパニ二重奏を裏で支えるのが曲冒頭に提示されたモチーフaである。主題Cは四分音単位の同音反復リズムが特徴的。これはその前後の劇的表情を中和させる機能を担っている。コーダでは第1楽章第二主題が「讃歌」として登場し高らかに奏でられる。「不滅」であることの讃歌である。
なお変則ソナタ形式としてとらえる場合、導入部—|提示部A1(第一主題)-B1(第二主題)|-|展開部A2+C|-|再現部A3-B2|-|コーダD|となる。
全体的に音楽内容は豊かでじつに変化に富むが、素材の数はきわめて限定されており、それが統一感を曲にもたらしている。例えば冒頭の半音下の短前打音を伴うモチーフa(前出譜例2)はその代表的なもので、その変化形も含めて曲の中で頻繁に耳にすることになる。第4楽章においてこのモチーフを背景にしてなされる2名のティンパニ奏者によるかけ合いはこの曲の一番の聴きどころである。