ああ、ついに! 巨星墜つ。
20世紀最高の歌手、ディートリッヒ・フィッシャー・ディスカウが亡くなった。
今夜はDVD『The Art of Dietrich Fischer-Dieskau』を聴いて彼を偲ぼう。このDVD は彼の演奏のハイライトを集めたもの。オペラとリードのセレクションによる2枚組のDVD。オペラもリートも素晴らしい。特にシューマンが。リートの伴奏を弾いているのがかの有名な指揮者ヴォルフガング・サヴァリッシュ。
学生時代、同級生の声楽専攻学生から「ディスカウ」の名前は散々聞かされ、その影響で彼の歌うシューベルトの歌曲集をよく聴いていた。そのころあまりドイツリートの良さなんかがわからなかったが、声の柔らかさに生理的に魅了された。
1973年の夏休みにヨーロッパ音楽祭ツァーに参加することがあって、ザルツブルク音楽祭で、モーツアルト『Cosi fan tutte』でディスカウが歌うのを聴いている。指揮はベームだった。今から思うと実に贅沢な体験で、前の方の席で間近に見て聴いて得た感動は40年経っても未だに残っている。その時、オペラの終盤で共演のグンドラ・ヤノヴィッツが体を反らして胸をはった途端、衣装の前のボタンが乳房の圧力に耐えかねてちぎれて客席に飛んできたのを覚えている。
CDではシューベルトの『冬の旅』も素晴らしいのだが、私が好きなのはマーラーの『さすらう若人の歌』(クーベリック指揮のバイエルン放送管弦楽団)。1曲目などは出だしの声を聴くだけで涙が出てくる。
オルフの『カルミナ・ブラーナ』(オイゲン・ヨッフム指揮のベルリンドイツ歌劇場管弦楽団)もLP時代から、すり切れるほど聴いたし、そのCD化されたものは今でも愛聴盤のひとつ。
ディスカウは現代物にも積極的でハンス・ヴェルナー・ヘンツェのオペラ『Elegie für junge Liebende “若い恋人たちへのエレジー” 』でも重要な役を歌っている。このLPなども学生時代よく聴いた。彼は絶対音感がないらしいのだが、それでも無調音楽であっても音高はじつに正確。努力・鍛錬の姿勢が窺える。
なお、彼は第2次世界大戦にも従軍していて、最後はアメリカ軍の捕虜にもなっている。その苦しい状況下、希望を捨てずに精進し、音楽の素晴らしさを捕虜仲間に伝える活動もしていた。そこに彼の芸術の原点がありそうだ。
それにしても、ディスカウの死を、九州の地元紙N新聞はベタ記事で報道していただけで、朝、私はまったく見落としていた。夜に読んだM新聞は写真入りでややくわしく報道していた。NHKのニュースはかなり長い時間をかけて報道していた。このNHKニュースを東京からの帰りの飛行機の中で見て、ディスカウの死のことを知った。この件に関してはNHKの扱いがまったく正当。残念ながら地元紙N新聞にはもはやディートリッヒ・フィッシャー・ディスカウが偉大さを分かる記者がいなかったのか。さびしいね。