かつて日本では「末は博士か大臣か」と言われるぐらい,学位(博士号=博士学位)を取るのは大変だった。
現在では博士学位が大学教員となる際の必須条件になりつつある。
理系は昔からそうであり,博士学位は研究を始めるためのライセンスの意味合いが強い。
それに対して,文系は,日本では,長年の研究活動のご褒美的意味合いがあって,ある程度の年齢になって取得する人が多かった。問いと答えの関係が明快な学問領域ではないから,よほどの深い学問的知見がないと論をまとめることができない。日本の場合,さらに多くの外国語の文献を読む(それも英語のみでなく,ドイツ語,フランス語,ラテン語など)必要もあったから,博士課程3年を修了した直後に取得するのは至難の業であった。
しかし,最近はグローバル化の影響で,文系においても博士課程3年修了での学位取得が求められるようになってきた。博士学位が理系並みに研究職へのライセンスになってきたのである。当然,それら学位論文の質は以前と同じではあり得ない。
そこへ,芸術系教員にも,博士学位を必須条件にするような議論が出てきた。さすが芸術系大学ではそのようなことはないであろうが,総合大学などでは完全にその流れにある。(日本では総合大学に芸術系教員が居ること自体が少ないのであるが,私のところはその少ない例の一つ。)断っておくが芸術系とは芸術学・美学・音楽学のことではない。芸術表現・芸術創作という意味での芸術系である。
論文指導が求められるような総合大学では,芸術系教員と言えども,教育の責任上,博士学位取得にむけて努力すべきだと個人的には思う。
しかし,そのことを他人からは言われたくない。芸術表現活動と学位取得は本来何の関係もない。芸術系の教員は,その領域において優れた仕事を行うことに全エネルギーを注入すべきであり,芸術表現の質において評価される存在である。博士学位がないというだけで,芸術系の教員の業績をまともに評価できない大学組織はほんとうに愚かであり,文化に対する教養がない。
これまで教員採用の募集時には,その資格として「博士の学位を持つか,それと同等の能力を持つ者」という記述があったが,この頃は芸術系教員においても「博士の学位を持つ者」という記述だけにすべきという声がちらほら上がるようになってきた。
募集時の記述から「それと同等の能力を持つ者」が削除されることによって,真に優れた芸術表現活動を行っている人材を採用できる可能性はかなり小さくなってしまう。少なくとも,これまで制度的に博士学位取得とは無関係で活動を行ってきた主に40歳以上の芸術系教員の採用に際しての条件としては「それと同等の能力を持つ者」を削除すると,失うものが非常に大きいのではないか。そのことに思いをいたして,芸術系の教員も博士学位を,と主張しているのであろうか。